海竜王の宮 深雪 虐殺12
公宮ではなく、まず、深雪の私宮に、そのまんま長も案内する。やることをやらないと、ゆっくりしてもらえないからだ。蓮貴妃と簾、それから東王父の従者の一人が、すでに待機していた。
「お疲れ様です、父上、母上。」
簾が叩頭して挨拶すると、やれやれ、と、夫婦も苦笑する。物々しい行列なんぞ、面倒なだけだ。今回限りだ、と、東王父も口にして居間に小竜と共に入る。
「ご苦労様ですね? 杜紗。・・・・私たちの孫のために、お力折り感謝いたします。」
従者に、西王母が挨拶すると、従者も被り物を脱いで顔を表した。従者は、大きな帽子を被って顔を隠していたのだ。白虎の現長であるとバレないように、東王父の従者の真似事をして侵入した。崑崙は、種族関わりなく、研究したいモノが集う場所なので、種族が統一されていないから、使える手だ。外戚の杜紗は本来なら、成人してお披露目するまで対面できないことになっている。
「こればかりは私しかできませんので。それに、あなた様方から懇願されては動かないわけにも参りません。」
守りの猫を献上してくれ、なんていう用件が竜族からされたなら、さすがに断るところだが、東王父と西王母からも書状で依頼されては、さすがに断るのも難しい。それに、その前例を作ったのは、自分の父だから、断るわけにもいかなかった。
「申し訳ありませんね、杜紗。深雪は、桜を大切にしておりましたのでね。」
「ええ、それは白那からも聞いております。私は、桜については何も存じ上げませんし、今後、それを言及するつもりもありませんから。」
桜が命を賭けて守る事態が引き起こされたということは、杜紗も理解している。そうでなければ、守りの猫は死ぬことは無い。だが、実兄の白那が、それについては何も言わないから、こちらも尋ねない。竜族の内部で何があったかは、白虎には関係の無いことだ。ただ、白虎の長老が下賜した守りの猫の代わりを用意することだけは引き受けた。やはり、何かしら小竜の身に危険があるのなら、守りの猫は必要だと思うからだ。さすがに表立ってやってくることはできないから、東王父の行列に紛れて子猫と共にやってきた。
「白虎の長は冷静で助かります。・・・・さあ、あの子に新しい友達を与えてやってください。」
西王母も、何度も、桜の名前を呼んで泣く小竜を見ていた。同じものは与えられない。桜は、ひとつしかない。だが、新しい友達は与えてやりたいとは考えていた。それゆえに、こういう正式な訪問をすることにしたのだ。
杜紗は懐から小さな白い猫を取り出した。先般、竜族長の書状を持った簾と白竜王が頭を下げにやってきた。それから、すぐに東王父と西王母からも同じ内容の書状が届いた。それで、一年かけて、そっくりな子猫を用意したのだ。本来、守りの猫は門外不出。白虎の子供にしか与えられないものだ。なにせ、守りの猫の力は白虎の領域でなければ、完全に発揮されないからだ。だが、深雪に与えられた桜という守りの猫は、ちゃんと役目を果した、という。まあ、白虎の領域ではないから、大したことはないだろうが、ちゃんと守ったのだと言われて、それならば、と、杜紗も子猫を用意した。自分の父親も、この小竜のことは心配しているからだ。桜とそっくりな真っ白で鼻だけがピンク色の子猫というのは、なかなか準備が難しくて、一年がかりになった。だから、桜ほとの子猫ではない。少し自我のある子猫だ。深雪が水晶宮に戻るまで、そのまま主を決めずに少し育てていたからだ。
「深雪、もう喋ってもよいぞ? 」
「じぃじ、頭、重そうだ。」
「ほほほほ・・・・正式な衣装だと、こういうものなのだよ。頭は重くはないが、動きは制限される。いつものように肩車は難しいね。」
「それ、触ってもいい? じゃらじゃら。」
「ああ、いいよ。じゃらじゃらはな、玉という石でできている。あまり乱暴に引っ張ってはいけない。」
「うん。」
先に居間に入ったほうは、小竜と遊んでいる。正装の冠から垂れている飾りが気になって、小竜は、それを弄っている。全員が、それを見て、あーあーと苦笑する。東王父も、とんだ孫バカなので、本来は触ることなど許されない装身具で遊ばせているからだ。
「深雪、ばぁばのほうが、じゃらじゃらは多いですよ? ほら、いらっしゃい。触らせてあげるから。」
で、容赦なく、その東王父の妻も参戦する。自分のほうが装身具が多いから、これで遊べと強引に夫から引き剥がした。
「おやまあ、あなた様。それは、あんまりだ。深雪は、私のじゃらじゃらが気に入ったのに。」
「ほほほほ・・・・私が杜紗と話している間、遊んでおられましたでしょ? そろそろ、交代です。」
その様子に、なんじゃ、それは、と、杜紗は茫然とした。神仙界の重鎮である二人が、とても楽しそうに小竜の取り合いをしているからだ。
「気にするな、杜紗。あのお二方は、深雪にメロメロでな。溺愛状態なんだ。」
「は? 今日、初めてじゃないのか? 白那。」
「顔見世の後に、こっそりいらっしゃって、何度も、ああやって遊んでおられるんだ。」
「いっ? うちの親父と同じことを? 」
「まあ、そういうことだ。」
何があったのか知らないが、杜紗の父親も、小竜に対面して惚れこんで後見に収まった。白虎が小竜を後見するのだと勝手に決めて、勝手に守りの猫まで贈った。それより、さらに、とんでもないのが後見についていたらしい。杜紗は、かの仙人のことは知らないから、驚くのは無理もない。知っている面々は、そりゃしょうがない、と、納得している。かの仙人が育てた子供が、神仙界に婿入りしたのだ。そりゃもう、我々が世話するのが当たり前だ、と、ばかりに今回は、公務も何もかもブッ千切りで、小竜の看病をしていた。
祖父母の取り合いでわやくちゃにされていた小竜は、見知らぬ波動に気付いて、身を縮めた。それで、祖父母も杜紗に気付く。視線で子猫を寄越せ、と、命じると、小竜を床に立たせて、自分たちは、そこに膝をつく。だが、小竜は慣れない波動が怖くて祖父母の陰に隠れてしまう。
みょーと泣いている真っ白な子猫が床に下ろされた。それで、小竜も、祖父母の肩越しに、それを見て固まった。亡くしてしまった大切な友達と同じ姿の生き物だ。だが、刻む波動は違う。
「・・・桜・・・・じゃない・・・」
「桜は役目を果たして冥界に降りました。あれは、新しい、おまえの友達ですよ、深雪。」
西王母が、そう囁く。そして、東王父が隠れていた小竜を自分たちの前に連れ出した。
「新しい? 桜じゃない・・・桜・・・桜・・・ごめんなさい・・・桜・・・俺・・・」
「これこれ、深雪。そんなに泣いてはいけない。桜は、ちゃんと深雪の命を守ったのだ。・・・・そんなに泣いたら桜も悲しむ。」
ボロボロと涙を零して、小竜が泣き出した。おやおや、と、東王父が抱き締める。大切な友達が守ってくれた。逃げろ、と、庇ってくれたことは覚えている。桜は守るのだと、深雪も思っていた。だのに、自分は小さくて力が足りなくて、桜を亡くしてしまった。それが、悲しくて忘れられない。
「お疲れ様です、父上、母上。」
簾が叩頭して挨拶すると、やれやれ、と、夫婦も苦笑する。物々しい行列なんぞ、面倒なだけだ。今回限りだ、と、東王父も口にして居間に小竜と共に入る。
「ご苦労様ですね? 杜紗。・・・・私たちの孫のために、お力折り感謝いたします。」
従者に、西王母が挨拶すると、従者も被り物を脱いで顔を表した。従者は、大きな帽子を被って顔を隠していたのだ。白虎の現長であるとバレないように、東王父の従者の真似事をして侵入した。崑崙は、種族関わりなく、研究したいモノが集う場所なので、種族が統一されていないから、使える手だ。外戚の杜紗は本来なら、成人してお披露目するまで対面できないことになっている。
「こればかりは私しかできませんので。それに、あなた様方から懇願されては動かないわけにも参りません。」
守りの猫を献上してくれ、なんていう用件が竜族からされたなら、さすがに断るところだが、東王父と西王母からも書状で依頼されては、さすがに断るのも難しい。それに、その前例を作ったのは、自分の父だから、断るわけにもいかなかった。
「申し訳ありませんね、杜紗。深雪は、桜を大切にしておりましたのでね。」
「ええ、それは白那からも聞いております。私は、桜については何も存じ上げませんし、今後、それを言及するつもりもありませんから。」
桜が命を賭けて守る事態が引き起こされたということは、杜紗も理解している。そうでなければ、守りの猫は死ぬことは無い。だが、実兄の白那が、それについては何も言わないから、こちらも尋ねない。竜族の内部で何があったかは、白虎には関係の無いことだ。ただ、白虎の長老が下賜した守りの猫の代わりを用意することだけは引き受けた。やはり、何かしら小竜の身に危険があるのなら、守りの猫は必要だと思うからだ。さすがに表立ってやってくることはできないから、東王父の行列に紛れて子猫と共にやってきた。
「白虎の長は冷静で助かります。・・・・さあ、あの子に新しい友達を与えてやってください。」
西王母も、何度も、桜の名前を呼んで泣く小竜を見ていた。同じものは与えられない。桜は、ひとつしかない。だが、新しい友達は与えてやりたいとは考えていた。それゆえに、こういう正式な訪問をすることにしたのだ。
杜紗は懐から小さな白い猫を取り出した。先般、竜族長の書状を持った簾と白竜王が頭を下げにやってきた。それから、すぐに東王父と西王母からも同じ内容の書状が届いた。それで、一年かけて、そっくりな子猫を用意したのだ。本来、守りの猫は門外不出。白虎の子供にしか与えられないものだ。なにせ、守りの猫の力は白虎の領域でなければ、完全に発揮されないからだ。だが、深雪に与えられた桜という守りの猫は、ちゃんと役目を果した、という。まあ、白虎の領域ではないから、大したことはないだろうが、ちゃんと守ったのだと言われて、それならば、と、杜紗も子猫を用意した。自分の父親も、この小竜のことは心配しているからだ。桜とそっくりな真っ白で鼻だけがピンク色の子猫というのは、なかなか準備が難しくて、一年がかりになった。だから、桜ほとの子猫ではない。少し自我のある子猫だ。深雪が水晶宮に戻るまで、そのまま主を決めずに少し育てていたからだ。
「深雪、もう喋ってもよいぞ? 」
「じぃじ、頭、重そうだ。」
「ほほほほ・・・・正式な衣装だと、こういうものなのだよ。頭は重くはないが、動きは制限される。いつものように肩車は難しいね。」
「それ、触ってもいい? じゃらじゃら。」
「ああ、いいよ。じゃらじゃらはな、玉という石でできている。あまり乱暴に引っ張ってはいけない。」
「うん。」
先に居間に入ったほうは、小竜と遊んでいる。正装の冠から垂れている飾りが気になって、小竜は、それを弄っている。全員が、それを見て、あーあーと苦笑する。東王父も、とんだ孫バカなので、本来は触ることなど許されない装身具で遊ばせているからだ。
「深雪、ばぁばのほうが、じゃらじゃらは多いですよ? ほら、いらっしゃい。触らせてあげるから。」
で、容赦なく、その東王父の妻も参戦する。自分のほうが装身具が多いから、これで遊べと強引に夫から引き剥がした。
「おやまあ、あなた様。それは、あんまりだ。深雪は、私のじゃらじゃらが気に入ったのに。」
「ほほほほ・・・・私が杜紗と話している間、遊んでおられましたでしょ? そろそろ、交代です。」
その様子に、なんじゃ、それは、と、杜紗は茫然とした。神仙界の重鎮である二人が、とても楽しそうに小竜の取り合いをしているからだ。
「気にするな、杜紗。あのお二方は、深雪にメロメロでな。溺愛状態なんだ。」
「は? 今日、初めてじゃないのか? 白那。」
「顔見世の後に、こっそりいらっしゃって、何度も、ああやって遊んでおられるんだ。」
「いっ? うちの親父と同じことを? 」
「まあ、そういうことだ。」
何があったのか知らないが、杜紗の父親も、小竜に対面して惚れこんで後見に収まった。白虎が小竜を後見するのだと勝手に決めて、勝手に守りの猫まで贈った。それより、さらに、とんでもないのが後見についていたらしい。杜紗は、かの仙人のことは知らないから、驚くのは無理もない。知っている面々は、そりゃしょうがない、と、納得している。かの仙人が育てた子供が、神仙界に婿入りしたのだ。そりゃもう、我々が世話するのが当たり前だ、と、ばかりに今回は、公務も何もかもブッ千切りで、小竜の看病をしていた。
祖父母の取り合いでわやくちゃにされていた小竜は、見知らぬ波動に気付いて、身を縮めた。それで、祖父母も杜紗に気付く。視線で子猫を寄越せ、と、命じると、小竜を床に立たせて、自分たちは、そこに膝をつく。だが、小竜は慣れない波動が怖くて祖父母の陰に隠れてしまう。
みょーと泣いている真っ白な子猫が床に下ろされた。それで、小竜も、祖父母の肩越しに、それを見て固まった。亡くしてしまった大切な友達と同じ姿の生き物だ。だが、刻む波動は違う。
「・・・桜・・・・じゃない・・・」
「桜は役目を果たして冥界に降りました。あれは、新しい、おまえの友達ですよ、深雪。」
西王母が、そう囁く。そして、東王父が隠れていた小竜を自分たちの前に連れ出した。
「新しい? 桜じゃない・・・桜・・・桜・・・ごめんなさい・・・桜・・・俺・・・」
「これこれ、深雪。そんなに泣いてはいけない。桜は、ちゃんと深雪の命を守ったのだ。・・・・そんなに泣いたら桜も悲しむ。」
ボロボロと涙を零して、小竜が泣き出した。おやおや、と、東王父が抱き締める。大切な友達が守ってくれた。逃げろ、と、庇ってくれたことは覚えている。桜は守るのだと、深雪も思っていた。だのに、自分は小さくて力が足りなくて、桜を亡くしてしまった。それが、悲しくて忘れられない。
作品名:海竜王の宮 深雪 虐殺12 作家名:篠義