海竜王の宮 深雪 虐殺7
東王父の頭には、薬師よりも詳しいクスリの知識が入っている。そこをトントンと叩いて苦笑する。知識はあるのだ。それが存在している場所も把握している。ただ、実際に採取するには、東王父だけでは心許ない。外に使える戦闘力の高い神通力など持ち合わせていないから、採取するには、それが必要なものもあって、それはできない。
「そのつもりで、まかりこしました。・・・・一番、遠いものから教えてくださいませ。」
「では、参りましょう。いくつか、どうしても私くしでは手に入れられないものがございます。あなた様の力をお貸しください。」
孫のためとなれば、東王父の腰も軽い。周囲に知られてはいけないから、特殊なものは他人任せにできない。だから、西王母が、わざわざ手伝いにやってきた。二人で、原料を採取して調合するなら、誰にも伝わらない。とりあえず、散策に出る、と、書状だけは認めた。まあ、ここのものは、かの仙人のことは知っているから、余計なことは漏らさないだろうが、用心するに越したことはない。謡池は、その心配はないが、崑崙は外から研究目的のために来訪するモノが多い場所だ。東王父が、特殊な材料を集めていると知れたら、何かしら探られる可能性がある。
「あなた様と二人で出かけるなど何百年ぶりでしょう。」
「まあ、あなた様が誘ってくだされば、私くしは、いつだってお受けいたしますよ? あなた様が、お忙しいからですわ。」
「そう、責めないでください。私くしとて、それは承知しております。」
二人とも身軽に身一つで、窓の外へ浮かび上がる。目的地を告げると、西王母が、夫の手を引いて、全速力で飛び去った。ゆっくりしているわけにはいかない。ただ、どちらも、久しぶりに逢瀬であるから、顔は微笑んでいる。
それから三日目に、大きな瓶が運ばれて来た。西海の宮の正門を通らず、直接に、それらは静晰の離宮へと下ろされた。謡池の戦闘部隊の一団が運んで来たものを、湯殿に流し込む。
「とりあえず、これから、一日にひとつ、瓶を運んで来る。・・・それで、どうにかなるだろう。」
湯殿に霊水を満たし、部隊は、そのままとんぼ帰りだ。九弦だけは、少し滞在する。小竜を抱えてきた簾は、かなり辛そうにしているが、気丈なもので、いつも通りに振舞っている。小竜を湯殿の中に沈めると、自身も、そこに浸かっている。
「簾、ダメだ。そんなことをすればっっ。」
「うるさいっっ。・・・意識が戻らないか確認したら上がる。」
もしかして、と、簾は、しばらく小竜の様子を確認していたが、目覚める様子はない。水の中でも息が出来るから、そのまま静かに沈んでいる。
「・・・深雪・・・寂しくないか? 私も一緒にいたほうがいいか? 」
小さな声で尋ねてみるが、反応はない。まだ、あれから一週間と経っていない。眠り病は、下手をすれば一月にも及ぶ。わかっているが、心配で側から離れられない。九弦が、無理矢理に霊水からは引き摺りあげた。焔の力を宿している朱雀が、長時間、水中にいるのは身体を弱らせる。
「簾、もういい。私と謡池へ戻ろう。」
このままでは、簾も危うい。九弦は連れて帰るつもりだった。だが、簾も強情だ。
「母上がいらっしゃるまでは退けない。・・・まだ、大丈夫だ。」
「西王母様は、崑崙へ出向かれた。しばらくは戻られない。」
クスリの調達をしてまいります、と、謡池の主人は出かけた。原料から採取するつもりだろうから、時間がかかるはずだ。
「なるほど、さすが、母上だ。・・・・それくらいなら、どうにかなる。九弦、おまえは謡池へ戻れ。さすがに警護の手が足りないはずだ。」
「おまえ、死にたいのか? 」
強情も、ここまでくると立派だが、このままだと朱雀は水の力に負けて儚くなる。
「死にはしない。・・・いや、深雪のためなら死んでもいい。この子の怪我を治さねば死ねないか。・・・ということは、死なんな、私は。」
あははは・・・と大笑いして、簾は立ち上がる。怪我をさせたのは、自分の落ち度だ。目が覚めたら、母親を探して泣く。それだけはさせたくないから、ギリギリまで付き合うつもりだ。簾が、ざっと見繕って三週間。騒ぎが落着けば、華梨と是稀が西海の宮に降りて来るはずだ。
だが、ふらりと揺れた簾の鳩尾に剣の柄が容赦なく叩き込まれた。ぐふっと息を吐いて、簾が崩れ落ちた。やったのは、静晰だ。
「あーもー、潔く静養してださい、簾様。どうせ、小竜は一月は眠っているとおっしゃったではありませんか。それなら、その間は、簾様は無用にございます。」
九弦の気配しか察知していない段階で、マトモではないのだ。いつもの簾なら、そんな一撃はかわしている。
「静晰、手加減もせずに・・・少しは気が静まったのではないのか? 」
元々は、九弦の部下だった女仙だ。その気性は熟知している。気が短いというか、きっちりしたい性格なのだ。どうせ、起きないのなら、ちょっとは身体を整えろ、と、言いたいのを我慢していたらしい。とは言っても、怪我人に容赦なく剣の柄を叩き込むのは、いかがなものか、とは思うので嗜める。
「一応、申し上げておりましたが、そろそろ限界です。九弦様、どうぞ、謡池へ搬送してください。・・・後は、私くしが小竜の様子は看ております。」
「そういうことなんだが・・・おまえ・・・相変わらずだな? 」
「これでよいと、夫は申しております。判りやすくてよいのだそうです。」
そう、そこが叔卿が惚れたところだ。潔くはっきりとモノを言ってくれるので、ごちゃごちゃと悩まなくていいから、嫁に貰い受けた。だから、静晰も改めるつもりはない。一応、王妃の立場だから、物静かにはしているが、知り合いだから、容赦しないらしい。さあ、さっさと運んで回復させてください、と、さらに言っている。
こちらとしても、そのつもりだったから、まあ、いいか、と、簾を担ぎ上げて九弦も引き返した。蓮貴妃と同じように軟禁して回復させておけばいい。
「たぶん、先触れ無しにいらっしゃる。」
「承知しております。すでに、信頼のおけるものを配しております。」
西王母は、単独で出かけている。先触れ無しに、いきなり現れるはずだ。それを正門でなく隠し扉に誘導させて、こちらに案内させるものは用意した。すでに、きっちりと、その手配もしている。来るなら、来いっっの態勢なので、九弦も安心して西海の宮を後にする。
作品名:海竜王の宮 深雪 虐殺7 作家名:篠義