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三時間の死

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 時間にしてわずか三時間。
 私の部屋で彼は死んだ。
 いや、彼女かも知れない。
 便宜上、彼ということにしておく。字面であれ、女性が死ぬというのは気分が悪い。
 死んだ彼は虫である。名前は知らない。ガの一種であることは間違いない。しかしカイコガやマユガのような、ふさふさ触角でつぶらな瞳、ぽっこりお腹の、ユーモラスで愛嬌のあるガではないことは確かだ。
 こいつは憎たらしいガなのである。
 体は細長くて汚らしいウジ虫を連想させるし、夜中に涼をとるために開けた窓と網戸のわずか隙間を執拗にかいくぐって室内に侵入してくるしで、こいつらには遠慮というものがないのかと言いたくなるのだ。触角だって細っちょろい実用一点張りのものである。人間に気に入られる要素が何一つない。
 さて、この貧相で遠慮無しで憎たらしいこの小さなガであるが、今しがた、目の前で死んだ。
 私がコンビニで買ったスパゲティを食べ終え、一息ついていた時の事だ。網戸にしてあるはずの窓からフウゥンと飛んできて、スパゲティの入っていた脂まみれの容器に背中から着地……いや、墜落した。
 無論、それだけでは死なない。彼くらいの小ささになると、落下していく時の空気抵抗によって、死に至るほどの衝撃をやわらげているのである。試しに高層ビルの上からアリを落下させてみると良い。彼女たち(働きアリは子どもを産めない雌である)が死ぬことはない。
 目の前のこきたないガに話を戻す。彼は墜落した後、起き上がろうとした。宙へ向けてたくさんある脚をばたつかせたのである。子どもの頃にダンゴムシやアリやテントウムシなどを転がした経験のある方々はすぐにピンとくるだろう。彼ら虫たちは、ひっくり返るとすぐに、たくさんある脚をばたつかせて起きあがろうとする。彼は、その動作をしたのである。
 しかし滑稽かな。スパゲティの脂によって、彼の羽はぺったりと容器に貼りついてしまっている。彼らが脚をばたつかせるのは、胴のバランスを崩させて体を横転させるための動作だ。肝心の背中が転がらずにぴったり張りついていたのでは話にならない。
 それでも彼は、脚をばたつかせ続けた。
 時折休憩を入れ、また脚をばたつかせる。
 それを繰り返している。
 全く助かる見込みがないと知れ切った行為を、繰り返している。
 その様子があまりにみじめで滑稽だったので、私はそのスパゲティの容器だけ片付けずに放っておくことにした。
 すると彼は死んだ。
 三時間で死んだ。
 正確には二時間かも知れない。私が本を読んでいて、スパゲティの容器にふと目を向けてみると、もう動かなくなっていたのだ。ティッシュの切れ端でつっついても無反応だから、確実に死んでいるだろう。
 気がつけば、私はじっと彼の死骸を見つめていた。先ほどまで読んでいた本は、中断したページを広げたまま床の上に置きっぱなしになっていた。
 彼は、三時間の内に死んでしまった。
 彼にとって、墜落は日常であっただろうに。脂で汚れた容器の上に背中から落ちたがために、起きあがれずにそのまま死んでしまった。彼らは、起きあがれなくては三時間で死ぬのだ。
 私はため息をついて、スパゲティの容器をゴミ箱に投じた。洗う気が起きず可燃ごみに。
 私は床に放置していた本を手に取り、続きを読もうとした。
 しかし気がつけば、私は同じページを何度もめくり続けている。内容がさっぱり頭に入ってこないのだ。
 私は本を閉じることにした。
 別のことをしようと思った。
作品名:三時間の死 作家名:小豆龍