友と少女と旅日記
L.E.1012年 9月15日
「なんだかこうしていると、孤児院で生活してた頃に戻ったみたいだね」と、一つのベッドで横になりながら、ポプラちゃんは呟きました。
「あのときは、それぞれ違うベッドだったけどね。今はちょっと狭いです」
「だからこそ、こうして近くでお互いの体温を感じられるんじゃない」
「ちょ、ちょっと! あんまり引っ付かないでください。私、そっちの趣味はないよ!」
私は抱きついてくるポプラちゃんを、なんとか引き剥がそうとしましたが、それは照れ隠しなだけで、別に嫌な気持ちはしませんでした。
いや、本当に、私は同性愛者ではないはずなんですが、ポプラちゃんの素敵な笑顔を見ると、その自信が揺らぐというのも確かです。
「じゃあ、どんな男性がタイプなの?」
「そっちの方向に話を持っていきますか……。まあ、少なくとも、あなたのお店の髭親父はなしです」
「あはは、店長ね。あれでも悪い人じゃないんだよ。たまに、手癖の悪いおじさまがお客さんとして来るんだけど、そういうときはちゃんと注意してくれるしね。
ネルちゃんが思ってるよりもずっと健全なお店だよ、あそこは」
人は見た目に寄らないということでしょうか。ついでに、お店も見た雰囲気だけで判断するのは間違いなのかもしれません。
「あ、それとね、私、将来は自分でお店を経営したいと思ってるんだ。踊り子は若さがうりだから、そんなに長くは続けられないと思うから。まだまだ先の話だけどね」
「私も似たようなこと考えてるかも。ずっと旅商人を続ける気はないなあ。世界中回って見聞を広めたら、ちゃんとした自分のお店を構えたいと思ってるんだ」
そんな感じで、お互いの夢を語り合いながら、私たちは眠りにつきました。お互いの夢が叶う頃になっても、友達でいられると信じながら。
翌朝、――つまり今日の朝、私はポプラちゃんに起こされました。『きゃっ、新婚夫婦みたい』などと、寝惚けた頭で考えながら、私は眠い目を擦りました。
「私は公演の準備があるから早めにお店に行くけど、あとから絶対来てね。家の鍵は貸しておくから、ちゃんと締めておいてね」
ポプラちゃんが作った朝食を二人で食べているときに、そう言われたので、私は少し遅れて家を出ました。わくわくとした気持ちで、足取りも軽かったです。
「よう、来たか。話はポップちゃんから聞いてるよ。話の通り今日は無料でいいよ。昨日貰ったお金は返さないがな。はっはっは」
私が店に入るなり、無精髭の店長さんがボサボサ頭をかきながら言いました。見た目の印象は相変わらず最悪ですけど、ポプラちゃんが悪い人じゃないと言うのなら、そうなんでしょう。
嫌悪感はもうありません。そもそも嫌悪感の理由は見た目のせいじゃなくて、ポプラちゃんを見世物にしている奴だという思い込みがあったせいだったのかもしれません。私はお礼を言って、赤い幕をくぐりました。
観客の数は、まだ朝だからか、昨日よりも少なかったです。それでも数人の観客がぽつぽつといたので、固定客からの人気はあるのかもしれません。
私は自分が舞台で踊るわけでもないのに、緊張しながらポプラちゃんが出てくるのを待ちました。輝く彼女の姿をちゃんと目に焼き付けるために、私も真剣になって見なきゃならないと思いました。
舞台を照らす証明と陽気な音楽ともに、ポプラちゃんと数人の踊り子が出てきました。観客席からは、若干の歓声が上がりました。お客さんたちも踊り子たちと一緒になって、雰囲気を盛り上げようとしているのかもしれないと思って、私も大声で叫ぶことにしました。
「ポップちゃーん! 今日も可愛いよー! P・O・P、P・O・P、ポップちゃん愛してるよ、結婚してー!」
私はポプラちゃんに愛の声援を送ろうと、必死に声を張り上げました。スタンディングオベーションで、応援の気持ちを表現しようとしました。誰よりも大声で、誰よりも激しく、一生懸命に。そして、その結果、…………店長さんに怒られました。
「あのね? 応援するのはいいけど、あくまで主役は踊り子たちなんだし、他のお客さんの迷惑になっちゃうのは困るんだよね」
「はい、ごめんなさい……」
そんなトラブルがありながらも(――私が起こしたトラブルですが)、無事に踊りも終わり、ポプラちゃんの休憩時間になりましたので、店の外で別れの挨拶をすることにしました。
「ネルちゃん、もうこの町から出て行っちゃうんだね」
「これからはちょくちょく会いに来るよ。メモに携帯の番号書いたから、いつでも電話して。軽くご飯食べに行くとかでもいいから」
「うん。必ず電話するよ。それじゃ、またね」
「はい、またね。私も旅商人として頑張るから、ポプラちゃんも踊り子として頑張ってね」
私はポプラちゃんに背中を向けて歩き始めました。うしろ髪を引かれる気持ちもありましたが、これからはいつだって会えるんです。だから、これは未来への一歩。明日へ向かうための大事な一歩です。
――だけど、私はポプラちゃんと会ったことで、少しだけ昔の自分に戻ったような気もしました。だから、もう少しだけ少女のままでいてもいいですよね。少女としての成長記録は、まだしばらく続けようと思います。大人になるのだって、いつでもできるんですから。