帰り道
映画館の帰り道、君は無言で僕の後ろを歩く。
トボトボトボ…。
そんな効果音が似合いそうな君。
折角の可愛い顔がセミロングの髪に隠れて見えない。白いワンピースは、もったり見えて、何だかホラーだ。
僕等が見たのはラブロマンスだ。
そんなホラー映画のヒロインみたいにならないで欲しい。
何が不満だった?
僕は一生懸命考える。
ヒロインが死んだから?
「映画のラスト、悲しかった?」
君は首を左右に振る。
確かに君は映画館に行く前から不機嫌だ。
君と楽しく話すはずだった大通りを無言で歩く。
繋いだ手が、何だか君を連行している様に見える。
泣きそうだ。
君も泣きそうだけど、僕だって泣きたい。
カフェの前で立ち止まる。
事前に君が行きたいと言っていた場所は調べあげてる。
どうか、気を取り直して。
「ここ、前に行きたいって言っていたカフェだよね。」
僕がそう言うと、君はコクンと頷く。
頼むから、返事をしてくれよ。
いつもの鈴の音が鳴るような愛らしい声が聞こえない。
折角、二人でいられるのに…。
僕は、悲しくなる。
席に着くと、君は小さく溜め息を吐いて僕を見た…と言うか睨んだ。
何なんだよ、その態度。
悲しさを通り越して、段々、イライラしてくる。
ウェイトレスさんが水とおしぼりを持ってくる。相変わらず、君は下を向いている。
いつもの眩しい笑顔と、礼儀正しい会釈は何処いった?
僕の好きな君は何処にいってしまったんだ。
僕は久しぶりに会った君に幻滅する。
小さい頃から、ずっと君が好きだった。
君が遠くに行くって聞いたから、僕は慌てて君に告白をした。
それから、やっとの初デートなのに…。
もしかして、僕の告白の仕方が良くなかった?
転校する前にとっととしろよとか思ってる?
段々、不安になってきた。
もしや、僕の事、さして好きじゃなかった?
僕は、君の事、さして分かっていなかった?
そんな事はない。
こうやって君は、わざわざ僕に会いに来てくれてる。
一生懸命にオシャレをして来ている君に僕の胸は弾んだじゃないか。
ここでの予算は任せて。
きちんとしっかり貯めたから。
安心して、食べていい…。
「お金は、出してあげるから、好きなのを選びな。」
メニュー表を渡すと、君はすかさずランチプレートを指差した。
「これでいい?」
僕がそう聞くと君はコクンと頷く。
また髪が顔を隠した。
僕はその姿にイライラする。
僕が帰り道に買い食いする様に貰ったお小遣い。我慢して、君の為に貯めたのにさ。
君の元にお星さまのプレートが置かれる。
君は手を合わせると無言でオムライスをつつく。
夢に見た嬉しそうに苺パフェを食べる君。
現実は、しかめっ面とオムライス。
僕は、途方に暮れた。
この状況、どうしたらいい?
胸ポケットのプレゼント、どうしよう?
遂に君は右腕の時計を見だした。
僕といる時間は詰まらない?
折角、楽しみにしていたのにさ…。
もう限界だ。
我慢できない。
「何なんだよ!」
机を叩き、立ち上がる。
バンっ
という大きな音に君の体がビクンとなり、スプーンからオムライスが落ちた。
僕の手は、机の上でヒリヒリ痛む。
君の胸に、赤いケチャップが付いた。
これが修羅場と言うやつなのかも知れない。周りのカップル達が僕らを怪訝そうに見る。
左胸に当たったオムライスは、君の真っ白いワンピースの膝の上に落ちる。
その欠片の上に、君の涙がポロポロ落ちる。
慣れない化粧が落ちかけて、ますますお化けみたいになった君が僕をやっと見た。
最早、ホラー以上のホラーだ。
何で化粧なんかしてくるんだ。
素顔の君が好きなのにさ。
「だって…。」
君は、小さな声でしゃくりあげる。
あんなに聞きたかった君の声は泣き声だ。
こんなはずじゃなかった…。
僕だって泣きたいよ。
「だって…映画館に行ったら、あんまりお話しする時間無くなっちゃうから。」
「…。」
僕は、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「折角、一緒にいられて、顔が見れるのに…。映画館じゃ、よく見えないもん…。」
そんな風に言うと、君は目を一生懸命擦って僕を見た。
「夕方には帰らなくちゃいけないのに…。」
僕の見馴れた君の顔がそこにあった。
少し目が腫れて、いつもよりも不細工だけど。
何だか安心するのが不思議だ。
「ごめん…。」
僕は、謝った。
「ごめんなさい。」
君も、謝った。
「もっと早くに…映画館に行くより前に、一緒にお話しをしたいって、言えば良かった…。でも、折角のデートプラン、台無しにしちゃいけないと思って…。」
君は僕の立場に立とうと懸命になってくれた。
それで君は難しい顔をしていたんだ。
僕はそれに気付けなかった。
君の顔は、映画館に行くと言った辺りから曇ってた。
僕は胸ポケットからプレゼントを取り出して、君に差し出した。
テーブル越し、君は、小さな袋をきょとんと見る。
「はい、プレゼント。」
僕は仕切り直す様に言った。
ちっぽけな包装紙で出来た袋は、少しだけくたびれてる。
「中身開けていい!?」
今度は失敗しないようにと思っているのか、君は飛びきり明るい声でそう言うと受け取った。
くたびれている包装紙に付いたセロハンを丁寧に剥がす君。
僕だけのヒロイン。
その様子に僕は思わず笑みが溢れる。
次のデートは、君と僕とよく遊んだ、あの公園にしよう。