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夢の中の指揮

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作曲家で、指揮者である私は、何か、大衆が多くを求める「耳を癒す」ものに呆れ、疲れ果て、行き着く先を求めるでも無く、彷徨い続けた。
気が付けば私は静寂な住宅街を歩いていた。世田谷あたりだろうか?
小綺麗な家が建ち並んでいた。
私はここに静寂さを求めて辿り着いたのだろうか?
大いなる静寂を求むるなら森の中であろうと思いつつも、私に多くを求める大衆が存在しないなら、ここはある意味、理想郷なのかもしれない。
ふと鼻を効かせると、シンナーのような黄色いガスなるような霧が、街中に充満し、少年たちがガスを、まるでテロのお遊びのように撒いていた。すると段々めまいと痺れが私を襲う。
住民達は西洋館の様な洒落た公民館なる場所に退避していた。
私もそこに退避し難を逃れたと思ったが、気づけば右手が意のままに思うように動かない。住民の中に医者がおり、巡回診断車に案内され、レントゲンを撮って貰ったが骨に異常はない。しかし、右手は異様な動きをする。指が反り返ったり、五本の指が意に反し、逆の動きをする。すでに右手は使い物にならない様だ。
指揮者としての私はひどく落胆した。だがあのガスが原因であるならば、リハビリによって元の神経を取り戻せるかもしれない、そう自分に言い聞かせた。
公民館に避難した住民は優しかった。リハビリに積極的に従事してくれ、私に希望を持たせてくれた。
数日後、耳をすませば聴き覚えのある旋律がフロアから流れてきた。
住民は退屈しのぎに公民館にあるオルガンやピアノ、クラヴィコード、様々な楽器を使って住民に演奏して聴かせていた。バッハであった。「トッカータとフーガ」が流れると、私のいかれた右手は旋律に合わすかのように動き始めた。その右手はサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」が流れると、その旋律に流されるように、意のままに表現するように指揮し始めた。やがて私のいかれた右手は旋律を豊かに表現し始め、演奏者達は私を見ながら、私の右手を見て微笑み返した。まるで私の右手は、彼らの演奏に惹かれ、治癒していく様だった。
私の右手は演奏が終わる頃には豊かな旋律の表現を覚え、完治していた。そしてその時、周りには住民が私を囲っていた。その中から一人の髭をたくわえた男性が現れ、私に近づき、笑みを浮かべ口を開いた。
「ようこそ、我々の公民館へ。」

その瞬間、ベットに散乱する、赤ペンまみれに書き込まれたスコア(楽譜)の中に居た。夢だった。私はその夢の余韻と共に、ケースにしまった指揮棒を右手にとった。
指揮する有り難みを、夢の中の公民館に教えられたという気持ちと共に。

作品名:夢の中の指揮 作家名:井出 空