203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』
AM10:25
俺はまずハイツを出ると、駅前へやってきていた。
「もうこんな時間か」と腕時計を覗いて、溜め息を吐く。
あの後、まさか出かけるその時になってロンブーが現れて、そしてさらに305号室の麦の人に首筋を気持ちよさそうに掻かれていたら俺もそれに加わる他なく。昨日はモフモフしていなかったことを思い出して、その綺麗な毛並みに顔を埋めてすーはーすーはーしてたら思いっきり引っ掻かれたのはよい思い出になりそうだ。まぁしかし、その後少し引いた様子で「だ、大丈夫ですか?」と問いかけてきた麦の人の表情は別の意味で忘れられそうにない。さすがにはっちゃけすぎたと今では反省している……。ちなみに麦の人はオーエンさんというらしい。
とりあえず、なんやかんやあってこんな時間になってしまったとさ、めでたしめでたし。
――と、終わるはずもなく、さっそく行動を開始することにする。
「えっと、まずはどこへ行くんだ?」
昨日丸腹が寄越したメモ帳をポケットから取り出す。今日の行動予定が書き込まれているのだ。
「ふむ、『朝飯を食いに行く』か」
朝食はどこかのコンビニで済ませようと思っていたから、ちょうどいい。どこへ行けばいいのかと、続きを読むと、吉田屋の牛丼特盛り三杯』と書かれていた。
……重いなぁ。調査対象だったやつの体型がいとも容易く想像できる。
まぁしかし、別に同じ物を食う必要はないだろう。俺は軽いものを食って、次の行動時間までに余った文は茶でも啜っていよう。
気を取り直して、視界の隅にあった吉田屋へ足を向ける。
「……あっ、そうだ」
数歩を歩いて、ふと足を止めた。辺りをぐるりと見回してみる。
あー、やっぱ“ソレ”が見えちまってるなぁ。でも、しかし俺は“ソレ”が何なのか知っていて、すでに尾行されていると気づいているというアドバンテージがあってこそ伊田君の居場所がわかったのだから、きっと実際の調査対象はこの時点では気づかなかっただろう。
とりあえず、腹も鳴っていることだし吉田屋で牛鮭定食でも食おう。
作品名:203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』 作家名:餅月たいな