ハーモニカ
二から一を引くと残りは当然、「一」になる。
「信乃? 追試の課題が大変なら、俺の方は他に頼むぞ?」
「いや、すまない、何でもないよ。大丈夫、課題の方はそれほどでもないから」
「それなら良いけど」
尚之の伴奏を、他の誰かに譲りたくなかった。伴奏合わせは、二人だけで共有する唯一の時間だからだ。聴衆も容子もいない。誰にも邪魔をされず、ただヴァイオリンのために――尚之のためだけにピアノを弾く時間。それが実は掛け替えのないものだと、信乃夫はつい今しがた突然に自覚したのだった。
『それはおまえ、尚之を好いているんだろうよ』
長兄の声が再び耳の中で響いた。「あの娘」は「尚之」に読み替えされている。
「好いているんだろうよ」が友情なのか恋情なのか、信乃夫はまだ確信が持てずにいた。