猫と少女と待ち人
「あれれ?」
むしろいつも嬉しそうにする。スカートの上から心地良い温もりが伝わってきて、とろりとした微睡みが生まれ、うとうと身を任せてしまいそうだ。ぽかぽかした日差しが、猫を夢の世界へ優しく手招きしてくる。建物の影が落ちるこの場所から見る空は、改めてその青さを実感させられた。閉じかけの金色の目は安らぎきっていた。ぱっちり開いている時は、見返されるこっちが物怖じするような、それでも見ずにはいられない神秘的な感じがあるのだが、今は全く形をひそめている。
「遅いなあ…」
少女はさっきからハート型の腕時計の秒針を気にしている。
(もっともっと遅れて来ればいい、そうしたらずっとこうしていられるのだから!)
そう言いたかったが、猫の姿で人語を喋る訳にもいかない。にゃあと白猫は少女を見上げて一声鳴いた。柔らかく笑った少女の手のひらが、猫の頭を優しく撫でる。
「何だか最近お前とよく会うね」
「不思議だねえ、元気してる?」
少女はほのぼののほほんとしている。彼女の手が喉をくすぐると、微かに猫は喉を鳴らしていた。真っ白な猫の体躯に、少女の肌の白さが同調する。猫のざらざらとした紅い舌が、すべすべの指を丁寧に舐めていた。世の中、首に鈴をつけた白猫なんて結構居ると思うのだが、それでも会えば、少女は必ず自分を自分と気付いてくれる。鈴を慣らしながら近付くと振り返って微笑んでくれるのだ。猫の耳には首の近くにつけた鈴など鼓膜に痛くて仕方ないのだが、それでも、悪くないと思ってしまう。尻尾をうねらせて、また一鳴きしようとしたが、猫は口を噤んだ。尖った耳が、近付いてくる足音を拾う。
「お待たせしました」
少女が腰掛けている、古ぼけた白いベンチの前で、こつりーー。靴音が鳴り止んだ。するりと少女の頭を大きな手を撫でる。整った顔立ちで笑い、背の高い青年紳士の姿が猫の目に映る。
「こんにちは」
「遅かったですね」
少女の手が猫の身体から離れる。猫は丸い足で、トン―石畳の上に降りたった。
「ちょっと立て込んでいましてね」
被り直しながら、つばの陰りからシルクハットの彼―青年がちらりと猫を見る。興ざめだ。そんな顔で、猫はふいとそっぽを向くと、賑やかな通りの方へ歩き出した。
「またねー」
少女が言うと、ちょっと立ち止まって振り返り、また猫は歩き出した。青年と少女が言葉を交わしだす。少女の視線が届かない後ろ、白猫がさっきまで歩いていた筈の道には、すでに首に鈴を巻いた白猫の姿は無く。代わりに翡翠の髪に、身体中包帯だらけの少年が歩いていた。
「…………」
包帯にまみれた手で、彼は自分の顔にかかった髪をのける。爪弾いた弦のように、翡翠色の髪が光を受けてさらさらと流れた。