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噛み癖のある同居人と俺

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「げえ、またやってるよ」
 冷蔵庫の扉を開けて、真木浩一(まきこういち)は思わず顔をしかめた。ルームシェア中の同級生、小田島六生(おだじまむつき)にもやろうと思って買ってきた、チーズかまぼこ二本。そのうちの一本にくっきりとした歯型がつけられている。それだけではない。ビールの缶にまで側面に微かな跡。この現象は今に始まったことではなく、最初はルームシェア初日、袋入りのベビーチーズだった。その時はねずみにやられたのだと思った。しかしそれは明らかに人間の歯並びで、よくよく数えてみると一袋に入っている個装チーズのぴったり半数、噛んだ跡がついているのだった。
「小田島ぁ。お前またかよ、これ」
 チーかまを手にリビングに戻る。ソファに寝転がってスマホをいじっている小田島が気怠そうな顔を向けてきた。
「いい加減自分の物に歯型つけとく癖やめろよな。俺自分の物しか食わねーし、そんなに心配なら名前でも書いておけばいいだろ」
「んー、なんか不安でねー」
 間延びした声を漏らしてごろんと、寝返りを打つ。六人兄弟の末っ子という事情を考えれば、自分の食糧を死守するためにあみ出した彼なりのアイディアなのだろう。わかってはいても気分のいいものではない。尤も、だからこそ彼の作戦は有効に働いているのだが。
「そんなに信用ないかなー、俺……」
 トーンを落とし悲しげに呟いてみる。返事はなかった。小田島の視線は既に液晶画面に戻っている。彼女には何度も通用した手だが、この気遣いとは無縁な同居人には全く効果がないらしい。小さく溜息をつく。
 真木と小田島は中学の同級生で、同じ大学の二年生である。実家から通えない距離ではないのだが、真木は一人暮らしをしろと家を追い出された。しかし洗濯機すら回したことのない自分が一人で生きていけるとは思えない。そんなときに再会したのが小田島で、幼いころから家事は兄弟当番制だったらしい、ということでルームシェアの話を持ちかけたのだった。基本的に小田島は面倒くさがりなのだが思った以上に働いてくれて毎日あたたかいご飯が食べられるし、部屋に埃はたまらないし、真木としては大助かりだ。――ただ、彼女を家に泊められないことだけが難点だったが。
「名前書くのってさあ、ペンいるじゃん。歯型つける方が楽だよ。マキもそうすればいいんじゃないの」
 大分前のこちらの台詞に対しての返答が今更返ってくる。こんなマイペースは日常茶飯事だ。中学の頃はなかなか会話が噛み合わなくて困った記憶がある。
「やだよ。つか、俺まで歯型つけたらまたどっちのだかわかんなくなるだろ」
「えー……わかるよ? おれ」
 小田島はさも当然のような顔をして、舌で自分の歯列をなぞった。
「ええ……歯型は歯型にしか見えねえわ……そりゃ人によって違うんだろうけど……」
 歯並びに自信はないが、特徴的と言えるほどガタガタしている自信もない。腕に噛みついてみる。チーかまと見比べる。さっぱりわからない。
「マキのは結構わかりやすいと思うけど。……あー、歯型といえばさあ。こないだうちのキャンパスで池野ちゃんとすれ違ったんだよねー。ほっぺに噛み跡ついてたんだけど、それはマキのじゃなかったなぁ」
「……小田島、それいつ」
「さあ……一週間くらい前ー?」
 ――どうしてこいつは、そんな大事な話を一週間も放っておいたのか。どうしてこいつは、「そういえば録画したドラマまだ見てなかったなー」くらいのノリでその話を俺にするのか。
「あのな……小田島。それ、一昨日までに聞いておきたかったな」
「フラれたの?」
「……」
 私、真木君のことは好きだけどやっぱり友達でいたい。彼女にそう告げられたのは昨日のことだった。小田島の話が本当なら、――いやそもそも彼女がそっちのキャンパスにいること自体おかしいのだ。少なくとも一週間の浮気を経て、それを悟られないうちにうまくサヨナラされた、ということである。
 自分の分のチーかまを開封して齧った。こんなことからこの話題に移るとは夢にも思わなかったが、確かに俺は小田島に愚痴を聞いてもらうつもりでチーかまとビールを買ってきたのだ。
「かわいそうなマキ。おれのチーかま、あげようか」
「……お前の歯型がついてるのなんかいらない」
 ソファの横に座り込んで缶ビールを呷る。今夜はあの女の悪口で夜を明かそう。小田島はきっと寝ているんだか寝ていないんだかわからない相槌率で俺の話を聞いてくれるだろう。