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瀬戸内小話1

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離別



「我は、国を捨てられぬ。我は死ぬその時まで毛利元就ぞ」
 氷の面が、少しだけ自嘲に歪む。
 熱い腕も、心を揺らす言葉も、自由な男の生き方も、長曾我部元親という存在すべてが心を揺らす。
 共に海を見に行こうと差し出された腕は、偽りも策略もない、純粋な思いからに違いない。
「知ってるさ。だけど、あんたはここに居ないほうがいい。外に出ようぜ?」
 船べりに足をかけ、促してくる男。
 幾つもの国を平らげ、この先、未踏の地へ出向するという。
「無理だ」
 その自由な心を心底羨ましいと思い。そして怖いとも思う。
 所詮、自分は中国という狭い枠で十分満足する性質で、天下も望まない。
 手を払うと背を向ける。もとより、他国の王だ。今まで添い進めて来れたほうが不思議といえよう。


「……俺は、ずっとあんたの望むようにしてきたと思う」
 払われた手を握り、元親は苦笑する。
「中国へ手を出さないで来た。あんたが寂しいときは傍にいたし、あんたが血を求めたときは共に戦場を駆けたな」
 語りかける言葉に、小さな背が立ち止まる。
「だが、これは俺の夢だ。だから、何度も言うぜ。――来い」
 もう一度手を伸ばす。
 数拍の沈黙は、驚くほど長く、苦しい。
 ようやく振り返った元就は、表情をあまり変えることなく首を振った。
「……さらばだ、元親」
 ほんの少しだけ浮かんだ微笑は、ひどく悲しげで。故に、この声が決して届かないことを知る。
 名残などなく返される踵。それが視界から消えると、元親は盛大に溜息を吐いた。
「攫って、船に乗せてもいいんだぜ?」
 呟く言葉を受けるように、出港を告げる法螺貝が鳴り響いた。


作品名:瀬戸内小話1 作家名:架白ぐら