小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

みずのひと・くうのひと

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 草原の下草を思いおもいの向きにむけて倒しながら、氷で形作られた白鍵と黒鍵が、見わたす一面に降り積もっていた。真昼なのでキラキラとしていた。砕けてしまったものや内部の気泡が折り重なるむこう側で、下草の青さが透けていた。娘はその足許から、形状をとどめたままの白鍵をひとつ摘みあげると、頭上でオレンジ色に見える太陽にむけ翳してみた。白鍵は内部の断層で不思議な方向へむけ光を振り分けながら、そしてとてもそれは、冷たかった。恐るおそる耳に近づけたけれどなんの音も聞こえなかった。いつまでも音を待っていると、溶けおちた雫が、肘へとつたった。
 娘は不意に息をのむと、目の前に溢れるこれだけの鍵盤が、いまこうして陽射しに焼かれ、溶け出そうとしていることをはっきりと確信した。これらの鍵盤はかつては曲でありメロディーであり、わたし自身の奥底で眠っていた何かであったのではないか。わたしはふたたびそれに出会い、いまこうして、そのすべてを失おうとしている。けれどそれならばきっとわたしは、これらすべてに相当するものを、いつしか受け入れることができるのであろう。わたしはこれから、求めることができるではないか。わたしはそう、望むことができる!
 すると着ているものが変わってしまった。姿も変わってしまったし、新しく思うことも幾ばくかあった。意味もなく海辺を歩くような日も訪れた。取り戻すだけではなく、まったく新しいことを思い描いたり出来ることもあった。地の人はたった独りきりしか居なかったのだけれど、ほんとうはそのなかに、たくさん居た。

 地の人が機を織っているとき、西の山塊で緑割る断崖から、遠目を効かせ空の人がその様子を見守っていた。わたしは「それ」とは別れなかった。だからわたしは、いつまでも変わることがなかったのだ。

 地の人が水平線のむこうへと大陸を臨むとき、大洋に立つ水の人が、その様子を見守っていた。わたしは「それ」とは別れなかった。だからわたしは、いつまでも変わることがなかったのだ。

 地の人は実にたくさんに分かれ、どうせ分かれるのだからと、それぞれがみな違うようになることにした。するとひとつであったときよりも、いろんなことが上手くいかなくなってしまい、がそのことと引き替えに、たくさんの願いや望みを、手に入れることができたのだった。地の人はそれからも分かれていった。わたしはこれからも生まれてゆこう。生まれ変わってゆこうではないか。

 <了>
 2007/11/25
 sai sakaki