最終電車 1
高いところから落ちればいい。雪の中で眠ればいい。縄で首を絞めればいい。水の中で呼吸をすればいい。包丁で心臓を刺せばいい。肉を持ってライオンの檻の中に飛び込めむのもいい。
そうしたらきっと、死ねる。
そう、とてもカンタンなこと。
カンタンなことなのに、僕はどうしてすぐにできないんだろう。
この電車に乗って、何処まで行くんだろう。
最終電車
日は既に落ちた。誰もが見ても分かる。今は夜。
空は気持ち悪いぐらいに黒い。星は一つも見えない。月もない。何もない。
だから暗いんじゃない。黒い。あの中に入ったら、もう二度と帰って来られないような、そんな不気味さがある。
僕はあの黒さの中に入りたい。
帰って来れなくていいんじゃなくて、帰って来たくない。
この世界は住みやすくない。だけど、この世界は素敵だ、と感じる人もいる。それは仕方がない。人の感じ方はそれぞれだ。
僕の感じ方は、少し逸れてしまっただけだ。
この世界を良いと感じる人がいて、僕が嫌だと感じるなら、僕がいなくなればいい。世界に耐えられないなら、いなくなればいいだけだ。
だから僕は電車に乗っているの? 死ぬのは家ででもできるのに。学校でも、できるのに。
どこで死にたいの?
どうやって死にたいの?
僕は本当に死にたいの?
電車の中は明るい。僕には少し眩しすぎる。
電車の中は静かだ。僕には丁度いい。
電車の中には他に人がいる。僕には関係ない。
持ち物はない。いつも2つだけ物を入れていたカバンもない。12冊目のスケッチブックもない。昔から使ってきた鉛筆もない。
死ぬのに、そんなものいらないから。
そうだ。僕は死ぬんだ。
死にたいから。この電車に乗っているんだ。周りに誰も居ないような綺麗なところで、独りで消えていくんだ。
いろいろと考えていたら、眠くなってきてしまった。
寝ちゃ駄目だ……ここで寝ちゃ……。
あれ、どうして寝ちゃいけないんだろう。寝る理由は眠いから、だけど寝ちゃいけない理由はない。行き先だってないじゃないか。
そうだ、次に起きたところで降りよう。降りて、いい場所を見つけよう。
眠りに落ちていく途中で、僕は思った。
もし着いた場所が花畑だったら、そこでまた寝て、ずーっと寝て、何が何でも寝て、飢え死にするのも悪くないな、って。……少し、無理矢理すぎる死に方かなと思いながらも、これ以上に優しい死に方はないなと思った。
夢を見た。僕がずっと殴られている夢だった。僕の鼻からは血が出ていたし、頬は赤く腫れ上がっていた。涙を流しながら、「やめて、やめて」と叫んでも、その人はやめてくれなかった。ただひたすらに僕を殴り続けた。
その眼には僕すらも映っていない。相手はきっと誰でもいい。目の前に僕がいたから、僕を殴った。きっとそれだけだ。
暫くして、突然その人は殴るのをやめた。そして舌打ちをして、何処かへ行ってしまった。
その時にはもう顔だけではなく身体まで傷ついていた。お腹には10cmくらいの痣ができていて、そこが一番ずきずきした。
誰? 僕の知っている人? 僕が知らない人?
誰? だれだれだれだれだれだれだれだれだれ……………………あぁ。
目が覚めた。
でもまだ眠かった。何が僕を起こしたのか分からないけど、もう一度寝かせてもらおう。
あぁ、そうだ。次に起きたところの駅で降りようって言ってたんだっけ。
……まぁいいや。最期だから、もう少しだけ寝よう。
二度目のまどろみの中では、もう寝ては駄目だとは思わなかった。夢の続きが気になって、寝るしかなかったからだ。もちろん眠いという理由もあった。
夢を見た。また僕は殴られていた。
きっかけは分からない。僕が何処かで眠っていたら、またさっきの人が来て、いきなり殴り始めた。
その人の顔はよく覚えていない。というか、よく分からなかった。モザイクのようなものがかかっていた。
そしてまた暫くして、その人はどこかへ去っていった。
もう痛みは感じなかった。麻痺していたということもあったけれど、その「暴行」と呼ばれる動作が当たり前すぎて、もう何も思うことができなかった。
僕は呟いた。
「ただの、ストレス発散に、僕を、使うのは、やめて」
もちろん、その人はもう行ってしまったのだから、聞いている人はいない。そのセリフを何度も何度も繰り返して、眼を閉じてしまった。
目が覚めた。
もう眠気はなかった。
丁度電車がどこかの駅に止まっていたので、そこで降りた。
あの黒い空は見えなかった。代わりに、ライトが等間隔で点々とあった。全体的に薄暗いものだが、随分と古いものらしく、消えかけているものもあった。
ライトを辿っていくと、鉄製の階段があった。上に続いていた。つまりここは地下鉄なんだろう。
その階段を登る。
かんかんかんかん……。鉄の音がした。それ以外に聞こえる音はない。
何故だか普通に階段を登っている気がしなかった。
この階段は、もしかしたら何処か異世界へ繋がっているのかもしれない。もしかしたらそれとは逆に、永遠に続いているだけで終わりがないのかもしれない。
そんなことを考えていたら、先に明かりが見えた。少しほっとした気持ちがあった。
そして、外へ、踏み出す。