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現実感喪失シンドローム

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「私が不治の病になったら、さすがにコウスケも死ぬまで側に居てくれるのかしら?」
明るく自立した彼女が、冗談めかして言った時、僕は初めて胸に痛みを覚えた。
これが後悔というヤツかと思った。

付き合って5年。
出会いは、大学のサークル。
1つ上の先輩だった。

営業職だということもあって、夜は飲み会が多く、連絡もマメにはしない。
正直、浮気も何回もした。
でも、悟られるようなミスは犯していないと思っていたし、例え、分かっていても、そこにこだわりは持っていないだろうと勝手に考えていた。

そうではなかったのかもしれない。
言いたくても、言えなかっただけなのか。

「ごめん。」

謝罪は、自分の過去の行為に対してではないことが、僕をさらに居た堪れない気持ちにした。
きっとそうはならない、期待に沿えずごめん。という意味なのだ。

僕には分からなかった。
胸が痛んで、おそらく、これは後悔であるにもかかわらず、彼女を失うことで自分から失われるものがなんであるかが、実感できなかった。例えば、霞をつかんでいるような、例えば、車輪が道を捉えず空回るような、そんな感覚。
あれ?どうして浮気ってしてはいけないものなんだっけ?なんていう疑問すら浮かんでくる始末なのだ。
これでは、例え、彼女が不治の病になっても、泣き叫んで神様に赦しを乞うことなんて僕にはできそうになかった。

「ごめん。」
もう一度言うと、彼女は全てを察したかのように、薄く笑った。
「ううん。ちょっと言ってみただけ。」
「今日は、私、会社休むわ。コウスケは早く行きなよ。遅れるよ。」
その言葉に背中を押され、支度を済ませて家を出ようとする。
最後にもう一度、ベッドルームに行き、いつもはしないキスを彼女の額に落とした。

「ほら、早く行きなって。」
今度は、うれしそうに笑ったので、安心して家を出る。

「どうして、治らないんだろうな。僕の性分は。」
独り言をつぶやいて、駅を目指す。

青い、青い、碧い空。
暑い、暑い、熱い日差し。

そして、突然の風を切る音。

「え?」

なんの音だろう。空を見上げるとすさまじい勢いで飛行機が降下してくる。
ほぼ垂直だ・・・。
危機感が襲った次の瞬間には、機首を上げて機体が水平になった。
小型の飛行機で一人しか乗っていないように見える。
それくらい機体の高度は下がっていた。

何が起こっているのか。自衛隊の飛行訓練だろうか。

そして、爆発音。

「え?」

さらに上を見上げると、別の小型飛行機がいた。
パイロットの顔まで見ることができそうだと感じた飛行機は赤く火だるまになって落ちていく。
風圧が僕を襲う。
何かの金属片が頬をかすめた。

痛い。

そう思ったらまた他のエンジン音。
さきほど撃ち落とした方の機体が今度は逃げる。
追う機体。
2機は、僕が歩いてきた方向へと向かった。

ああ。万が一のことがあっても、もう間に合わない。
突然現れた戦闘機。
彼女に何かあっても運が悪かったと誰もが済ますだろう。
なのに、分かっているのに、僕の足は、引き返していた。
必死で走っていた。

「…あああ」
「ユミ…!」
つまずく。
頬がヒリヒリと痛む。
それでも走った。
たぶん、泣いていたと思う。
「ユミ、ユミ、ユミ!!!」

もう自分が何を考えて、何のために走っているのか、訳が分からないまま、ただ走っていた。
作品名:現実感喪失シンドローム 作家名:こちま