サキコとおっさんの話9
芸術っていう授業があるんだよ、とサキコはおもむろに言い出した。
彼女の手にはスケッチブック。おっさんは懐かしいなとタバコを口にする。ぷかぷかと浮かぶ煙を見上げながら、「美術か」と返事をした。
「そうそう!選択授業なんだけどー、音楽に美術に書道ね!あたしカラオケは好きなんだけど音符がドしか読めなくてさー、かといって書道とか片づけめんどそうだしぃ、結局美術にしたのよ。んでさ、好きなもん描きなさいとか言われた訳よ」
へえ、とそのままサキコの隣にどっかりと腰をかけ、おっさんは「どれよ」と興味深そうに彼女のスケッチブックを覗きこもうとする。
しかし「ちょい待ってて!」といろいろページをめくりながら、「なんていうか友達とかも一緒に落書きしたりとかあってさー、ちょっと変な絵とかもあるかも」と探した。
「何だよ、別に何ともおもわねーよ。見せてみ、ほれ」
「いや!待って!マジで変なのあるから!下半身ロケットとか描いてる!」
その変な表現に、おっさんはつい口に入れていたタバコを吹き飛ばしてしまった。
ガキのくせに!と思いながら、まだ半端に残されていたタバコを勿体ないと名残惜しそうに拾って吸殻入れに捨てる。
「変なもん描いたりすんなよ!先生見るかもしれないだろ!」
「大丈夫だって~、先生女の先生で普通に三股してるって名言してるからさ」
「それもどうなのよ!?」
おかしいだろとツッコミしたかったが、「ああ、これ!」とようやくスケッチブックを開いて見せてきた。おっさんは「んあ?」と目を向ける。彼女は満面の笑みで言った。
「すげえ自信作なんだよ、見てこれ。あたしさ、今まで描いててこれほどの力作作った事ねえよ!」
そう言って大きな真っ白い用紙に描かれた物はといえば。
茶色いコンテで描かれている変な男の絵。蟹股で、両手を上げ円を作っている。
「・・・?」
おっさんは微妙な顔をした。そして、何これ?と本人に問う。彼女は自信満々に答えた。
「踊る野生人」
「は?」
「書いてるっしょ、タイトル!」
「・・・はぁ」
下にちょっと書かれていた。ちゃんと「踊る野生人」と。
何となく気になって次のページをめくった。許可も取らずにめくるので、サキコは「ちょっとまってよ!」と止めようとする。
次のページは横たわっている変な絵が。おっさんは気になったので「こいつのタイトルはよ?」と問う。
ぶー、とふくれっ面で「下に書いてるじゃん」と答えた。
指摘されて下部を見ると、「死んでる人」と書かれている。
この絵を描いた時の精神状態はきっとハイだったのだろう。そう思う事にした。
おっさんは黙ってスケッチブックを閉じる。感想を言わないまま、彼はサキコにスケッチブックを返し、おもむろにタバコの自販機から新しいタバコを購入する。
「なんか言えよ」
「・・・特にねえよ・・・」
・・・時計は二十時前になっていた。
作品名:サキコとおっさんの話9 作家名:ひづきまよ