サキコとおっさんの話8
コンビニで購入した風船ガムを膨らませるサキコ。
その間、おっさんは自分のスマホで電話中。
「はい!・・・はい、申し訳ないです。後程、先方に連絡を入れてこちらで対処しますので・・・はい、はい!ありがとうございます、では失礼します」
社会人って大変だよなー、とその片方だけの会話を聞き流しながら、ぱちん!と口の風船を割る。自分もこうなっちゃうのかなー、やだなーとか。
電話を切り、おっさんは溜息をついた。
「大変だね~、おっさん」
「はぁ・・・だっる!何で俺が尻拭いしなきゃなんねえんだよ」
そしてタバコを口に含んだ。
「どしたの?」
サキコはベンチから伸びた足をぷらぷらさせながら彼を見上げた。
「いやな、入ってから半年の部下にいろいろ説明して、取引先に連絡しながらこれやっておいてくれって言っておいたもんがさ、全然手つけてなかったんだよ。やっぱ二人三脚じゃないとダメなのかね。気が付いたら勝手にどっか行っちゃうしなぁ・・・たまにある休日出勤も頑として休みますとか言いやがる。用事あんの?って聞けば特にないけどって言うくせにな。あーあ、面倒くせぇなもう!これなら俺が最初っからやっとけばよかったわ」
何だかよく分からないけども使えないのが居るというのが理解できた。
「おっさん何してたの?」
「俺ぇ?俺は別件がいくつかあったんだよ。捌ききれないから頼むわって言ったんだけどさ。前にもいろいろ問題起こすし、参ったわ」
あー、あたしのバイト先にいるババアみたいなもんかと呟くと、彼女はカバンからごそごそとノートを出した。それにおっさんは気付き、「ん?」と反応する。
可愛らしくデコレーションされまくったノート。
前に観察記録書くわと意気込んだ時のあれだった。
「半分くらいまでいったよ!」
「なんだこれ!表紙シールばっかりだな」
「デコった!」
見て見て!とサキコはおっさんにノートを押し付けてくる。しょうがねーなー、と言いながらも彼はそのノートを開いた。
『〇月〇日 本日のババア 今日の口紅どす黒い赤 開始早々宮崎さんに絡む。香水付け過ぎとか言い出す。本人は田舎の蔵にしまわれた古いひな人形のほのかな香り マネージャーにまた媚を売るけど完全スルー マジ受ける』
『〇月〇日 ババア遅刻 理由が耳から血が出た めっちゃ意味不明。若干鼻毛出てる 肩ぶつけられて邪魔だとか言われた!そのバブル期みたいな肩パット何だよ!』
『〇月〇日 本日のババア やけに上機嫌。かっさかさの乾燥口にピンクのラメ入りグロス配合★ イケメン佐々木に絡む。超上目使い。すいませーん、をすいましぇぇええん~!うふっって言った きめえ 佐々木その後ゲロ吐いた 超涙目』
多種多様の筆跡があった。
ついおっさん、吹き出す。最後まで読んだ後、何だか元気になってきた。
「色んなのがいるよな」
「ババアおもしれえっしょ」
「いろんな人が書いてんのか。なかなか面白いタイプなんだろうな」
また続き書くよ!とサキコはノートをしまった。
「俺頑張るよ・・・」
何だかやれる気がしてきたらしい。サキコはよかった!と笑う。あのババア、意外にこんなとこで役に立つじゃんかと。
「引き続き調査頼むわ」
「任せといて!」
おっさんの中ではその女従業員はギャグ要員になりつつあるようだ。
時刻は午後十九時十五分を差していた。
作品名:サキコとおっさんの話8 作家名:ひづきまよ