背筋
「厭かい」
「いいえ」
冷たい水の色をした瞳が、私を映す。まだ成長しきらない骨ばった背筋を私に向けて、仰ぎ見るような姿勢で、私を見上げる。
「良いですよ」
何が、とは聞かない。そんな言葉を聞きたかったわけではない。
しかし私の指は意に反して、彼の小さな裸の背を辿る。一瞬少年はびくりと震えるが、それ以上の反応は示さない。滑らかな質感が、私の人差し指から脳髄へ伝わる。何度も、背骨の上を滑らせるように、指を動かす。何のとっかかりもない、偽物のような素肌。
あなたは――、
少年は、物憂げに呟く。
あなたは何を考えているんです。
私は、何も考えてなどいないよ。
どうだか。
少年は何も身に纏ってはいないが、背中より下は、白いシーツに隠されて見えない。私は彼の隣に座り、ただ無心に、彼の背に触れる。
「何故、こんなことをするんです」
「厭かい」
「いいえ」
少年は、シーツの襞に顔を埋める。
「こんなことに意味なんてありませんから」
そして、また深く息を吐いた。
私は、背筋を辿る指を、不意に脇腹に沿わした。と同時に、少年の身体が揺れる。
「…………っ」
しかし、彼は顔を上げなかった。それを許諾と捉えて、私はその頼りない腹の輪郭を、シーツの下に隠れた骨の近くまで一気に撫でた。少年が小さく息を呑むのが分かった。
「厭かい」
「……いいえ」
押し殺したような声で、少年は否定する。
私は人差し指だけでなく、五本の指で、彼の脇腹を撫で上げた。少年が否応もなく反応するのが面白い。しかし、それと同時にその光景は、どこか物悲しくもあった。彼の顔は、シーツに押し付けられて見えない。ただ濡れたような黒い髪が、彼の身体と共に揺れる。
「顔を上げてくれないのか」
「だめです」
「どうして」
「厭だからです」
少年は、どこか荒いような口調で答えた。しかし、その言葉には力がない。
私は悲しくなりながら、尚も彼の皮膚を撫で続ける。殆ど彼の上に乗るような体勢で、私は彼の首筋に口付けた。それでも、少年は顔を上げてはくれない。彼の耳朶を噛みながら、指で彼の腹、胸を撫でる。少年の呼吸が早くなるが、それでも彼は顔を上げてくれない。
「好きだよ」
耳元で囁き、私は指を、シーツの中に隠れた彼の下半身へ伸ばす。
「だめです」
少年は拒絶する。
私はそれ以上彼に触れるのを止めた。そのまま、そろそろと離れる。
「……だから、あなたはだめなんです」
少年は、顔の両側でシーツを握り締めながら、くぐもった、上ずった声で言った。
「何がだめなんだ」
「……だめなんですよ」
いつまでも顔を上げない少年の、首筋と耳だけが火照ったように赤い。その色を見つめて黙る私に、少年は怒ったような震え声で言った。
だから、だめなんです。
少年はしばらくそのまま、凍ったように動かなかった。やがてくたびれたように全身から力を抜いて、隣に座る私の膝に、もたれかかった。そして、上気した頬で、どこか遠くを見つめるような目で、私を見上げた。
「……良いですよ」
最後には、いつでもこうなる。全ては私と彼の競り合いでしかなく、そしていつも、私が勝つ。私は彼の開いた唇を塞ぎ、人形のようなその肉体を、抱き寄せた。