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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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いるいる辞典

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神奈川本社より名古屋営業所に呼び戻された。地域密着を推し進めるため、地元の人間で運営していこうという社長の御意向で、オレもご多分にもれず異動と相成ったのである。ここに戻ってくるのは約10年ぶりだ。オレのコトをみんな覚えているだろうか。その前にあのメンツがいるのかどうか。オレが名古屋を離れた頃は、いろいろなメンバーが辞めていったのだが、果たして。

 駅前の商業ビルに名古屋営業所は入っている。「ディストリクト・オフィス」と胡散臭い書き方のプレートが掲げてあるが、一応外資系なので。着任の挨拶は朝礼でするので、まずは所長であるディストリクト・マネージャー、通称DMにだけしておく。名札には高木とある。
「わしもここに来たばっかでよぅ。まぁ、テキトーにやっとりゃえぇわ」
 どうもどうしようもない人物のようだ。あてにはできそうにもない。指で示されたデスクがオレのもののようだ。気を取り直してデスクのセッティングをする。
 パソコンを弄ってスケジュールをチェックしていると、社員が続々と入ってきた。大半覚えのある顔で、名前すら簡単に出てくる始末。

 オレの名前は田部誠一郎(しんいちろう)、肩書はアシスタント・マネージャー。平社員ではない代わりにサービス残業ばかりの日々。真面目な人間は大概リタイアする。オレはただ行くあてもない上に独身なので続けているだけだ。言っておくが彼女はいる。

 昼休憩に入ろうかと立ち上がると肩を叩かれた。
「や~い、ひっかかった」
 ノーガードだったために人差し指が頬にめり込んだ。元受付係の吉野さやだ。
「お昼行くなら一緒に行こう。ついでにおごって」
 小悪魔な笑顔は健在のようだ。困ったコトに全然嫌ではない。
「いきなりかよ。まぁ、いいけど。こないだこの辺歩いてたんだ。あのサ店まだあるじゃん。まだ顔出してないから、そこでいい?」
「いいよ。さすがはタベっちだ」
「何が?」
「おごってくれるんだ。優しいね」
「そっちかよ」
 また小首を傾げての笑顔。憎たらしいけど憎めない。そこそこの美人に弱いのは男の性というより仕方がない。

 件の喫茶店はオフィスを出て裏道に入っていくとある。知る人ぞ知る店で、相変わらず入りにくいドアだ。何故かオレは入り浸っていたのだが。
 店内はダウンライト、マスターはソフトモヒカン、BGMはロック。二人でカウンター席に着くとニヤリと笑われた。
「あんた、なに戻ってきちゃってんだ」
「社の方針です」
「よく言うね。泣いちまったとかか」
「やだ、タベっち」
「断じて違います。今泣いてるところです」
「よく分かんねぇけど。とりあえず、おかえりだな」

 ランチは2種類なので、なんとなくかぶらないように注文した。育ちの良さそうな顔に小悪魔な笑顔を浮かべる彼女に騙された男は何人いるのだろうか。かく言うオレもその1人。旦那がいるコトを知ってがっかりしたものだ。
「知らない顔もいるけど、みんな残ってるね」
「そう。お局ばっかり」
「さやちゃんも大概だろ。いるとは思わなかった」
「私も5年くらいで辞めるつもりだったんだけどな」
「しかも受付から機材管理になってるし」
「なんか勝手に決められて。ずっと変えてって言ってるんだけど、全然」
「貧乏くじ健在だな」
「出戻り君め」
 いたずらっぽく睨まれた。本人は外見と仕草にほぼ自覚はない。故に男は振り回される。
 ランチはメインにライスとスープ、サラダと結構ある。ライスは小さな茶碗ではあるけれど。とりあえず彼女にオフィスの現状を教えてもらった。どうもどうしようもない人間が増えたようだ。おかげで気苦労が絶えないらしい。古参もパワーアップしているという。オレはやっていけるのだろうか。初日から気分が沈んでしまった。
作品名:いるいる辞典 作家名:飛鳥川 葵