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manjusaka

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外伝 此岸二咲ク花




1.
 女神を頂点として使命を全うするために日々鍛錬し、時に過酷な運命を目の前にしても鋼の心で立ち向かうよう、努めてきた。輝く心のままに前だけを見つめた。

 そう、あの瞬間までは―――。

 シュラは鋭い眼差しを一点に定め、薄い月光から逃れるように生い茂る木々の影に身を隠し、幽鬼のような影の後を気付かれないよう細心の注意を払いながら、追尾していた。それが結果として、思い出したくもない記憶の片鱗に触れたのである。
 随分と遠い昔のようにも感じる、あの刹那。
 あの時もこんな風に月光が薄く辺りを照らしていた。ざっくりと手に残った不快な感触が鈍く蘇る。初めて仲間だった者を斬ったその瞬間は何とか他者の目もあり、踏み止まることができた。
 けれども、一人になったと同時に、裏返るような臓器の痛みと込み上げてくる気持ちの悪さに吐くものがなくなるまで、吐き続けた。いや、確か胃液に血さえ混じるようなほど吐き続けた。涙と鼻水と胃液と混じりあって、情けないまでにぐちゃぐちゃに崩壊した。拳が潰れ裂けるまで、大地を殴り続けた。
 そんなシュラを「もういい。止せ」と、その拳を止めさせ、汚れきった身体を躊躇することなく抱擁してくれたのは残酷な勅命を与えた教皇自身だった。嗚咽するばかりのシュラをただ、黙って受け止めた教皇もまた、仮面の下で深い悲しみを抱いているのを感じた。

 だからこそ、救われた。
 だからこそ、教皇の命に従い続けた。
 時に理不尽だと感じることがあっても―――。

 追尾していた幽鬼は全身を覆う布をふうわりと翻し、継ぎ接ぎだらけの古ぼけた家の前で止まった。しばらくの間、その場で躊躇でもしているかのように立ち止まっていたが、握り拳を作り、家の扉を叩いていた。
 数回同じ動作が繰り返されたあとに開かれた扉。ようやくその時になって布で覆い隠していた顔を家主に晒すようにしたあと、許しを得たのか家の中に滑り込んでいった。

「奴に何の用事なんだ、あいつは―――」

 嵐の前の静けさを思わせるような聖域。どこか不穏さを感じつつも、ひっそりと静まり返っている。それがかえって不気味に思えた。何よりも教皇が沈黙していることが余計な不安を感じさせるのだろう。
 どこまでも思慮深い行動をとるかと思えば、感情的で短絡的な行動をとってみせる教皇。
 ざわりとした生温い風のように纏わりつく疑念。それでも、従うしかないとシュラは思っている。聖闘士である限り、と。それ以上に教皇を心から尊敬していた。けれども、まったく違った意志を示し、行動してみせた者がいる。それが、シュラが追尾し、たった今古ぼけた家の中に消えていった男、シャカだ。
 女神を、そして聖域を守る鋭い剣は自分だとシュラには自負があったけれども、シャカもまた種類の違う鋭利な剣だと思った。ブロードソードのように斬りつける剣がシュラならば、シャカはレイピアのように鋭く貫く剣といった感じだ。それも致命的に心臓を一突き、といった考える余地すら与えない、容赦のないもの。
 一時、教皇はシャカを重用しているように思えた。シャカもそれに応えるように確実に任務を遂行し、十分な信頼関係が成り立っているかのようにシュラには思えていた。だが、物の見事に打ち砕くような出来事があった。シャカは教皇に牙を向けたのだ。刺し違い覚悟のような、実際、あと一歩遅ければそうなっていたかもしれなかった状況に立ち会った。
 寸でのところで危機を食い止めることができたのはデスマスクの機転が功を奏しただけに過ぎなかった。
 デスマスクと共に追い詰めた断崖から、身投げするようにも見えたシャカがぞっとするような笑みを浮かべた瞬間、脳裏に巡ったことは―――シャカは再び聖域に戻ったら、その切っ先を教皇に定めるであろうということ。今度こそ、狙いを外さず、一突きで致命傷を負わす……そうシュラに思わせるには十分なものだった。
 次にシャカが現れるのは女神の名を騙る娘と共ではないかと安易に思っていたけれども、実際には教皇を支持する者としてこの聖域に戻ってきていた。それがどうにも腑に落ちないシュラは「放っておけ」という教皇の言葉を無視して、独自に監視していた。
 シャカが訪れた場所を硬い表情で睨み定める。そうでもしなければ、胃の腑が焼けただれそうな気がしたから。

「アイオリア……」

 謀反人アイオロスの弟。年よりも老けて見えるのは気のせいではないはず。本来ならば不要な苦労を背負ってきたからだろう。そして、なるべく顔を合さないように過ごしてきたのは謀反人とはいえ、シュラ自らが手をかけた後ろめたさがアイオリアにはあったからだ。
 幼少の頃から、アイオリアは曰くつきのシャカとは保護者であるアイオロスとサガを通して親しかったと記憶している。それ故に結びつきが強いならば、危惧することは多々あったが、以前においては然程、気に病むほどの付き合いではないように見えた。
 飄々としたシャカは誰とも積極的には関わろうとはしていなかったが、アイオリアは誰であろうと嫌味なほど平等に接していたこともあって、シャカに何かあればアイオリアのほうから、お節介を焼いていたと思う。だからこその今回の違和感。
 『アイオリアから』ではなく、『シャカから』訪ねたというのが気になるのだ。
 じっと息を潜めながら、アイオリアの住処を監視していると、ほどなくシャカが家から出てきた。訪れた時のように布を目深に被り、表情はまったくといっていいほど見えなかった。
 ようやくシャカ自身が守護する宮にでも戻るかと思えば、まったくの逆方向へと足を向けた。


作品名:manjusaka 作家名:千珠