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manjusaka

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外伝 彼岸二咲ク花



 誰かに頬を優しく撫でられたような気がして、目が覚めた。しっかりとした感触を感じたはずなのだが、そばには誰もいなかった。ただ爽々と夜の隙を縫うように吹く風。ぼんやりと目覚める身体にまだ馴染めずにいた。眠りについた草花に向けて通り過ぎる風は静かだ。
 此処は見慣れた風景。懐かしさよりも痛ましい記憶を揺り起こす場所。
 ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。夜露に湿る大地。ここが何処なのか考えずともわかる。だが、何故ここに居るのか―――ああ、そうか……そうだった。俺は闘い、敗れ、そして散ったのだと遠くあるような近い過去の記憶が蘇った。
 そして――。

「今一度、我らは争わねばならぬ」

 聞き覚えのある声が背後で絞り出すように上がった。振り返れば、纏わりつくような常闇の外套にすっぽりと全身を覆う二つの影があった。

「おまえたちは……」
「シュラ、何も語るな―――闇が視ている」

 押し殺した声に気圧される。闇を覗く聡明な瞳と目が合う。冷たくも、熱くも見える光を宿していた。黙せと命じられるままに、シュラは口を堅く引き結ぶ。

「為すべきことはわかっているな?」

 囁く夜露のような声に応じてこくりと頷く。もうひとつの影も。ゆらりと立ち昇る陽炎のように一歩踏み出した。

「では行くぞ」
「ああ」
「行こう、我らが聖域へ」

 課せられた運命はなぜこうも過酷なのかと呪いながら、暗闇の中でも導を示すように輝く聖域の中心へと視線を定めた。





【 彼岸二咲ク花 】





 湧き上がる焦燥感。
 それは恐怖と幾何も変わりないものだ。自らの身を明かしてからは潔く腹を括ったつもりだったが。無数に刻まれた小さな傷のように触れると得体の知れない不安に襲われて吐き気を催す。
 結局、耐え切れなくなる前に思考することを止めて、息を整えることに専念した。ある程度落ち着きを取り戻した頃、星が小さく瞬く夜空を見上げた。

「ふう……」
「大丈夫か、シュラ」
「え……ああ、大丈夫だ」

 先行く青い影に答える。時折、闇に差す月光を受けて蒼なる銀のように輝く長髪を揺らしながら、ゆっくりと歩み進んでいくサガ。彼はどのような想いを抱きながら、この黄道を辿っているのだろうか。一度はその背に聖域という荷を負った身。振り子のように、天秤のように善悪の振れる中で、すべてが正しいわけではなかったけれども聖域を導いた男は双極の位置に立ちながら、ぬかるみの道を歩み、今もまた同じ道を往くのだろうか。シュラは奥歯を噛み締めた。
 不意にサガが立ち止まり、シュラもそれに倣う。

「ああ……綺麗だ」

 ぽつりと発せられた呟き。どこか懐かしむようなサガの眼差しの先を追えば、十二宮のちょうど中腹に当たる位置に突き当たった。処女宮がそこにあった。
 サガが感嘆するのも無理もなく、シュラもしばし心奪われた。夜露に濡れながらも優しげに風に揺れる蓮の花のような小宇宙が処女宮を包んでいたのだから。

「ほんとうだな。だが、あそこは―――」

 我らの行く手を阻み、恐らく最大の難関となるだろう人物が守護する場所。味方ならば頼もしい限りだが、此度は立ち位置の違いにより、残念ながら敵として対峙せざるをえない。
 多くの死を糧として喰らってきたのだとシュラに昏い告白をした人物が放つ小宇宙は昏さなど一欠片も微塵に感じず、むしろ清廉な印象しかない。これぞ処女宮を守護する者に相応しいとでもいうような乙女座の黄金聖闘士の静かな、そして芯の強さを感じさせる波動。それに対して自分たちは揺らぐことなく、彼の前に立てるだろうかと一抹の不安が過る。ただでさえ厄介な相手にも関わらず、特別に目をかけていたように思われるサガが彼を前にしたとき、果たして非情に徹しきれるのだろうかとも。その反面、杞憂であろうとも思える。サガの横顔はそれほど満ち足りたものであったから。

「嬉しそうだな、サガ」

 シュラの気持ちを代弁するかのようにカミュが涼しげな声を掛ける。

「―――そう見えるか?」
「違うのか?」
「さぁ……どうだろうか」

 僅かに憂いを帯びたが、それも美しい造形を三割増しさせただけに過ぎなかった。すっと再び歩を進めたサガは最強の名を謳うに相応しい小宇宙を静かに漲らせ、蒼い焔を身に纏っているかのようだった。
 秘めた使命を果たさんがために駆け抜ける十二の宮、その半分は守護者不在であり、容易いとはいかないまでも、ある程度は余力を残して進むことができるだろうと思っていた。
 しかし、とんだ誤算――いや甘い考えだったようだ。巨蟹宮において悪夢をみる羽目になろうとは。遅々として進まぬ事態に焦れながらも上を目指すシュラたちを多彩な技をもって繰り広げるシャカの容赦のない、他の黄金聖闘士を軽く凌駕する小宇宙の片鱗が襲う。
 これでも黄金聖闘士の一つを担う者だというシュラの自負心すら打ち砕かれそうになるほどだ。天賦の才とはこれほどまで残酷な違いをみせるものなのだろうか。

「恐ろしい奴……」

 同じ人間だとは思えないほどだった。嘲弄するようにわざわざ正体すら明かしてみせる傲慢ささえ垣間見せながら、サガによってようやく打破された。それでもシャカ本人はまったくの無傷だという有様に舌を巻いた。浪費した時間を少しでも取り返すように不本意ながらも冥闘士の姿を仮として我が物顔に蹂躙する冥闘士に紛れながらようやく辿りついた処女宮は響く靴音以外、静寂に包まれていた。
 サガとの討ち合い以降、まったく気配すら感じさせなかったシャカの小宇宙が不意に圧倒的な有を示す。愚かな冥闘士たちは安易にシャカの間合いへと向かい、返り討ちに遭いかけたが、サガがそれを防いだ。
 冥闘士たちを庇うためではないのだということは汚物でも見るようなサガの鋭い眼差しをみれば明白だ。有無を言わせぬ圧力で冥闘士たちを押さえたサガはシャカの静かな峡谷の合間を抜ける風のような問いに確固として動じぬ巨石のように答えた。アテナの首をとる、と。

「―――遠慮はいらん。通りたまえ」 

 容易には通れぬとばかり思っていたが、シャカはすんなりと通り過ぎることを許可したために驚くが、それも一瞬のこと。坐したまま冥闘士をあっさりと片付けたシャカが再び行く手を阻んだ。今度こそ、難攻不落の城塞のように大いなる壁となって立ち塞がったのだ。

「これは……!?」
 
 眼前に示された大いなる壁は数多の花々が競うように咲き乱れ、清らかな風に花弁舞わせる美しい花園だった。
 シャカ自ら死に場所と定めた清浄な空気に満たされた沙羅双樹の園は熾烈な魂には不似合いのような、それでいて最も相応しいような気がした。繰り広げる肉弾戦にもひるむことなくシュラたち三人と相対するシャカ。流れるようにうまく力を逃している。それでも分が悪いのはシャカのはずだったが。

「しまった!」

 閉じていた双眸が開かれたその刹那、最大奥義である天舞宝輪の術中に嵌った。謳うように宇宙の真理を展開するシャカの小宇宙は比類なきもの。ただ屈従を強いられるのみで絶望に囚われかけたとき、手を差し伸べたのは他の誰でもないシャカだった。悪魔のような囁きで忌語を放ったのだ。


作品名:manjusaka 作家名:千珠