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衝動が止まらない

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12年近く働いた会社を辞めた。もう40近くにもなりながらいまだ結婚していない彼女とも微妙な関係だ。

真夏だというのに彼女とも合わない。退職金と貯金だけで700万あるから、これからしばらくどうしようかゆっくり考えることにした。

金はあるけど飲みに行く連れがいない。

こんな寂しいものはないと少しでもにぎやかな青山のイングリッシュパブに行った。

イングリッシュパブで立ち飲みをしながら、ハイネケンを飲んでいた。外国人の客が店の半分近くを占めていたが、私は話しかけることもなく、話しかけられることもなかった。1時間位たって2杯目のヴァイツェンを飲んで、ゴールデンエールを飲んでアーバーエールを飲んでブラウンポーターを飲んでいた時、私は彼女に電話をした。

「ああ、あんた、何?私連休に一人でも平気、あなたがいなくても全然平気」
「俺も君がいなくても全然平気」
 世界で一番悲しい挨拶だった。

 電話を切って私は店にいる外国人の女に英語で声をかけた。
“暇なんだ、でも連れがいない、食事や旅費は俺が出すから付き合ってくれないか”
彼女はは笑いながら、それは冗談かそれとも本気か?と聞いてきた。

“もちろん本気だ”私は言った。

彼女はシャロンという。アメリカ人だ。その日のイングリッシュパブでの飲み代も私が払って私はシャロンと次の日栃木の日光に行くことにした。

日光東照宮を廻り、中禅寺湖で、コーヒーを飲みながら、アメリカ人と日本人のアイディンティティーの違いについて語り、華厳の滝の前で、罪とカタルシスについて語り合ったりした。
こんな行きずりの様な関係でついてくるシャロンが思ったより真面目で、いろいろ考えていることに驚かされた

竜頭の滝の側でヘミングウェイについて語り合い、
戦場ヶ原で、日本人の自我の確立と、アメリカ人の自我の確立の違いについて語り合ったりした。

また我々が中禅寺湖の戻ってきたときはもう夜の8時だった。湖の前でシャロンは私の手を取った。
“おい、ちょっと”
彼女は湖に浸かりながら私をも湖の中に誘った。
“待ってくれ”
シャロンは私の言葉にかまわず私を引き込んだ。
二人でずぶ濡れになった。

熱いキスをした。

生暖かい空気の中、ながい、ながいキスだった。

―――衝動があふれている、明日なんていらない―――

至極の陶酔だった。

                             (了)
作品名:衝動が止まらない 作家名:松橋健一