サキコとおっさんの話3
おっさんが車に降りるなり、サキコは待ち構えたかのように「ちょっと聞いてよ!!」と怒り口調で話しかけてきた。物凄く吐き出したかったのか、言いたくて言いたくて仕方ないという顔をしている。
「なんだよいきなりうるせぇな」
面倒臭そうに返事をしながら、タバコを口に咥えた。
「バイトのさぁ!くっそババアすげぇムカつくんだよ!」
ん?とおっさんは鼻息荒くする彼女を見下ろす。サキコはおっさんよりも頭数個分身長が低い。その位の年の娘を比べても、おそらく身長は低い方なのだろう。
車にロックしながら、いつもの定位置に向かう。
「バイトしてんのか」
「してるよ!土日だけだけど!ファミレスの物運びしてる!」
「ほー、偉いじゃん」
「でしょ?まぁそれはいいんだよ、ちょっと愚痴聞いてくんない?」
どっかりと青いベンチに腰を掛けてサキコは脚を組んだ。おっさんは煙を吐きながら、その横で突っ立っている。いつもの光景だ。
「何だよ」
「そいつさぁ、普通でも嫌味ばっか言ってくんだよ。まあね、言うのは別にいいんだけどさぁ。贔屓半端ねえのよ。男にはめーっちゃ媚売ってるくせにさ、女は自分の言う事を聞く奴以外はきっついこと言うの!昨日日曜じゃん?あたし通しでさ、お昼から夜の七時までやってたの。そいつ三時から来るのね。来たら来たでさぁ、人のあら探しばっかしてきて文句つけんのよ。顔合わせたらきったねぇ顔くっしゃくしゃにして『化粧派手じゃなぁい?』とか突っかかってくんの!自分だって真っピンクのグロス塗りたくってるくせにさぁ、おかしくね!?」
サキコは興奮しているせいか早口でまくしたてるようにおっさんに訴える。
そんなのどこにでも居るよな、と苦笑い。
「バツイチで四十歳超えてんだよ!それなのにバイトの子目の敵にして何面白れえんだよって話!店長とかマネージャーにはいい顔するくせに!しかもトレー持ってる時にぼーっとしないでとか言ってわざと押しのけてくんの!あっつい鉄板落としそうになったし!」
「お・・・おう・・・」
余程腹に据えかねたのだろう。彼女は止まらない。
「しかもたまに忙しい時に限って子供がうんたら~って言っていきなり休みやがるしさ!お前の子供高校生だろっての!!幼稚園児とか小学生だったらまだ分かるよ!どんだけ過保護なんだよ!!」
「それはどうかと思うわ」
でしょー!?と同意を得られた事に満足したらしく、そこでようやく落ち着いたようだ。
ぷかー、と煙を吐き出しながらおっさんはぼやいた。
「土日しか会わないんだろ?」
「うん」
「そいつ観察してノートに記録してみれば?」
何の気なしにおっさんはサキコに提案した。サキコは「んっ?」と目を丸くしながらおっさんを見上げる。
「おもしれーじゃん。それ記録してあとで俺に見せてよ」
「はー!ははぁ、なるほど。そういうのもありか!夏休みの宿題とかにもなりそうだよな!うちのバイト先のババア観察記として!」
いいなそれ!と怒っていた表情を明るくする。やはり若い娘は笑った顔が一番可愛らしい。
「ノート買ってくるわ!ババア観察記これから書くね!」
めちゃくちゃ楽しそうに言いながら、サキコはコンビニへ入っていった。
吸い終わった小さなタバコを吸い殻入れに捨て、空っぽになったのでまた新しく自販機でタバコを購入。いい加減止めなきゃな・・・と思った。代替品にガムを買えばいいですよ、と後輩からのアドバイスを思い出す。
両手にノートを抱き締め、サキコは「買ってきた!」と戻ってきた。
「次のバイトから書き始めるね!」
無邪気にそう言い、B5サイズのノートを広げる。
「楽しみ増えた~!あたし超観察するね!」
「おう」
ノートデコっとこ!と学校用のカバンにしまう。そして彼女はおっさんに「帰るわ~!」と笑った。またタバコに火をつけながら、何だ早いなと呟く。
「楽しみにしといて!いかに面白い奴なのかおっさんに教えてあげるからさ!」
やる気を出すサキコを見ながら、何となく言っただけなのになと思いつつ「おう」とだけ返事をする。じゃあねー!と手を振るサキコ。
「愚痴聞いてくれてあんがと!」
きちんと礼を言う彼女は、外見に似合わず礼儀正しいのかもしれない。
時計は十八時をちょっと超えていた。
作品名:サキコとおっさんの話3 作家名:ひづきまよ