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冥作戯場『新釈:赤ずきん』

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 「おばあさんのところへお見舞いを届けてくれないかしら。」
 「ええ、もちろんいいわよ。」
 母親は娘にバスケットを持たせ、ずきんを被せた。
 「森の中は危ないからよく注意なさい。とくに狼には」
 「わかったわ。行ってきます。」
 勢いよく家を飛び出した時、少女のずきんが翻った。
 真っ白なずきんが陽光の下で煌めいた。

 ***

 少女は年相応に旺盛な好奇心を惜しみなく発揮し、道草の限りを尽くした。
 草笛を作ってぶうぶう吹いてみせたり、もぐらの巣とおぼしきあなぐらにやたらめったら石ころを詰め込み封印したり、蛙の卵を陸に引き揚げ熱心に観察した。
「命」とか「価値観」というものより、「愉快であること」を優先させるのはこの年頃の少年ならばよくあることであり、森にはそんな彼女を惹きつける面白いものが溢れていた。

 ***
 
 そうやって森を逍遥するうちに鮮やかな赤の花畑に行き着いた。
 その光景に興奮しながら少女は花を摘み採った。病気がちな祖母への土産にしようと考えたのである。
 両手いっぱいの花束をこさえて満悦する少女だったが、夢中になるあまり白いずきんがその矮躯からずり落ちてしまっていた。それに気づいたころには、花の色素が沈着しずきんには若干の赤い染みができてしまっていた。
 母親からずきんを汚さぬようにと日頃言い含められていた少女は意気消沈した。
 水を含ませたハンカチでなんとか拭おうと試みたが無駄だった。
 重い足取りで少女は花畑をあとにした。

 ***

 森を歩む少女の眼前に再び真っ赤な光景がとびこんだ。
 そこは野苺が群生する場所だった。
 あまりの僥倖に少女は狂喜乱舞し、一心不乱にあたりの野苺を頬張った。
 野性味あふれるものの甘酸っぱいその味わいに一通り満足し、やがて落ち着きを取り戻すと少女はまたも気づいた。
 白いずきんが野苺の中に埋もれていた。少女は野苺を前にして足手まといになるずきんを、無意識のうちに毟り取り放り捨てたのだ。
 潰れた野苺の汁がすきんに染み渡り、まだらに赤く染まっていた。
 もはや到底無視することのできぬほどの汚れに、少女は頭をかかえてしまった。
 その時、毛むくじゃらの影が彼女の背後に忍び寄った。

 ***

 「おじょうさん、そんなところでうずくまって、どうしたんだい?怪我でもしたのかい?」
 突然の問いかけに少女は驚き慌てて振り返った。
 するとそこには、隆々とした図体に鋭い牙と爪をもった恐ろしい狼が居た。
 少女は慄いたが、幸運なことに出会った彼は優しい狼であった。
 「怪我じゃなさそうだな。なら、道に迷ったのかい?森の中であれば私が案内できるよ」
 おおよその方角はわかるものの、気まぐれ足任せで森を進んできたことは確かであり、森に精通する者に先導してもらうことは少女にとって心強いことであった。
 「じゃあ、おねがいしてもいいですか。もりのおくに大きなかしの木が三本立っている下のちいさな白い家。わたしのおばあちゃんのおうちなの。」
 「ああ、知っているよ。よし、私についてきなさい。」
 森を分け入る狼のあとを、少女はついて歩いた。

 ***

 邂逅による動揺が鎮まると、汚してしまったずきんの悩みが再び心にもたげてきた。
 このままでは、ずきんの汚れを祖母に気づかれ、叱られるかもしれない。
 あれこれ思案していると、ひとつの名案が浮かんだ。
 「まだらだから、汚れているところと汚れていないところが目につくのよ。ぜんぶが汚れてしまったら、それはもはや汚れとはおもわないわ」
 閃いた少女はバスケットの中に入れていた果物ナイフを取り出した。
 そしてナイフを振りかぶると、前を歩く狼の首筋を一太刀で切り裂いた。

 ***

 勢いよく血飛沫があがり、狼はあっという間にこと切れた。
 返り血を浴びた少女のずきんは、きれいにムラなく赤く染め上がった。
 それはあたかも最初から、赤色のずきんであったかのような。

 ***

 途中まで狼の導きがあったので、その後すんなりと祖母の家に到達することができた。
 祖母の家へ案内してもらい、ずきんの汚れもごまかせて、かように親切な狼に出会えたことは少女にとってとても幸運だった。そして狼にとっては不運だった。
 少女は祖母の家へと這入っていった。

 ***

 「おばあちゃん、こんにちは。」
 「ああよく来てくれたね。ひとりで怖くなかったかい。」
 「しんせつなおおかみが助けてくたから平気だったわ。」
 「それはよかったね。ところであなた、今日は赤色のずきんなのね。」
 「ええ、どうかしら?」
 「とてもよく似合ってるわ。」
 「ありがとう。うれしいわ。やっぱりこの色にして良かった。」
 「今お茶を淹れるから、ずきんを脱いで待ってなさいな。」
 そう言って祖母は台所へと向かい、薬缶を火にかけ一服の準備を始めた。 
 ずきんの結び目をほどくと、少女は驚いた。ずきんを留めるひもの部分がまだら模様になっていたのだ。
 きつく結わえていたため、血がしっかり染み込まなかったらしい。
 このままではバレてしまう。
 少女は再びナイフをとりだし、台所へと向かった。
 しばらくすると薬缶の注ぎ口から勢いよく、熱くやわらかい蒸気が噴き出した。

 ***

 「おかあさん、ただいま。」
 「あら!あなたそのずきんどうしたの?真っ赤じゃないの。」
 「おばあちゃんにそめてもらったの。」
 少女はずきんを脱ぎ、母親に手渡した。
 母親はしげしげと眺めながら言った。
 「紅茶染めかしら。真っ白も素敵だったけれど赤色の方があなたに似合うわ。それにしても、紅茶染めでこんなにも鮮やかな赤がでるなんてオドロキね。」
 「わたしこれが気に入ったの。これから毎日これをかぶるわ。」
 楽しげな娘に対し、母親は笑いながらこう言った。

 ***

 「なら今日からあなたを『赤ずきん』って呼んであげるわ」