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蜃気楼に溺れる白い一日

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 目を覚ますと、陽は西に傾きかけていた。
 カーテンの隙間から入りこむ光は橙じみていて、にじりにじりと感じる熱さと寂しさを伴っている。直に日も暮れるだろう。当人にとっての朝は来たが、現実的な意味では既に終了しようとしている。
 起きても今日はすぐに終わる。そんな今日に意味はあるのか。
 目が覚めて、現実に降り立ったばかりの意識は、ぼんやりと天井の隅を漂う。
 キッチンから男性が自室にやってくる。
 右手には青いマグカップ。淹れ立てのコーヒーのすっきりとした香りがふわりと漂う。男性はベッドに背をもたれかけて、静かにコーヒーをすすり始める。何をするでもなく、ただ、無心にコーヒーをすする男性。時に大きく息を吐いて、宙を仰ぐ。
 ずず、とコーヒーをすする音と吐息だけが変に響いて聞こえる。
「カーテン、あけていいよ。」
 諦めつつあった今日に向き合おう。
 返事はない。
 幾ばくか経ったのち、男性はマグカップを置いて、べッドにもぐりこんできた。隣でうつぶせになり、わずかな光を頼りに本を開き始めた。
男性は沈黙を貫く。
 そばで感じる、呼吸音。布団がゆっくりと上下する振動、というよりも感触は温かだ。まだ意識のダウンロードは完了しない。起きたてだから、何度も固まってしまうのだ。
 白濁とした意識の中、隣の男性を見つめる。
 真剣な表情で活字を見つめる、そのまつ毛は意外に長い。鼻もスマートで良い形をしているように見える。口元には黒いぷつぷつとした無精髭。普通の人よりも白い肌。
 太い首元に、唇を這わせる。男らしいけど、甘い味がする。耳たぶは大変に柔らかいのだが、食べれたもんじゃない。

 部屋は闇に侵食される。ふと気が付けば、部屋には自分の気配だけ。
 暗がりの中、相変わらず意識は宙を漂う。

 太陽が見えない今日など、もう、要らない。
 こんな今日はもう捨ててしまえ。