日常的小話。(アラサ―OL編)
朝御飯の代わりに通販で買ったスムージータイプのダイエットドリンクを飲む。とても飲みやすくて美味しいです、と誉め言葉がサイト内には明記されていたくせに、粉っぽくてくそ不味い。
騙されたと思った。でもお金がかかったから仕方なく飲む。不味いなりにも腹持ちが良かった。
少し前に別れた彼氏に散々痩せろだの文句を言われたが、今はどうでもいい。マンネリ気味だった関係がダラダラと続き、意見の食い違いで大喧嘩になった。
理由はあまりにも馬鹿馬鹿しかった。
味噌汁に煮干しを入れた事だ。魚類みたいな顔をしているくせに、魚が嫌いだとか言う。ほんのダシ程度でもムカついたようだ。自分で手伝いもしないくせに、文句だけはいっちょ前につけてくる。
冷静になればなる程、今まで無駄な時間を過ごしていたのが痛いほど分かった。
頭から元彼の事を振りきる。思い出せば思い出す程ムカついてきた。
顔を洗い、ボサボサした髪のセットをする。誰も居ないのでほぼ全裸。朝方から部屋を訪ねる人は居ないはずだ。
化粧水から始まるメイクをほぼ十五分で済ませる。どうせ仕事場に行くのに必要以上にめかし込むのも面倒だった。
歯を磨いて会社用の適当な服に着替える。いつも通りの出発の前にゴミを集めて袋詰めを済ませ、一緒に持って出ていく。
鍵をかけ、数歩歩くなり同じアパートの顔だけ知っているおばさんに遭遇した。パーマ頭でピンク色のシャツ。どこで売っていたのか謎の花柄レギンスに健康サンダル。
「おはようございます」
「あら、最近彼氏も見ないけどどうしたの?」
「そんな人知りません」
「あぁ、別れたのねぇ。もう夜中に変な歌声聞かなくても済むから良かったわぁ」
何、変な歌声って…と過去を振り返った。
「あー…」
思い出した。元彼は酔っぱらうと昔ミュージシャン志望だったからと下手くそな歌声を披露していたのだ。
十八番はキン肉マンのテーマソング。
「もう耳にすることはないんで。じゃあ」
おばさんと離れ、ゴミ捨て場へ直行した。
仕事をぼんやりとこなしていく。
パソコンの画面を見ながら、長年培われてきたタイピングの速さを駆除する。稀に鼻をつく加齢臭と戦いながら、ひたすら仕事に没頭していると、自分の会社用のアドレスにメール着信があったのに気付いた。
送信先は違う課の元彼。
開く。
『そろそろ寂しくなってきただろ?』
上から目線のメールを見た瞬間、うっかり舌打ちした。
「…浅川さん?」
隣の席に居る後輩がおずおずと話しかけてきた。あっ、と我に返る。
何でもないよ、と笑いながら、熟練された手捌きで返信した。
『うるせー、死ね』と。
ランチタイム。
入社時は弁当を作っていたのが、今では面倒で適当な物を買うようになっていた。
集まって昼食をとりながら、適当につまらない話を聞く。噂話や恋話や、新しい化粧品やら話題は尽きない。
「…浅川さん彼氏はぁ?」
「あー、うん」
聞き流していて、話題を振られ彼氏は?と聞かれたのに、適当な返事をしてしまっていた。
「浅川彼氏と別れたんだよ。知らなかった?」
「えー!?そうなのぉ?紹介しよっか?」
「しばらくはいらないや…面倒だし」
勿体無ぁい!と喚く女子の中の女子に偏頭痛がした。
夕方近くになり、一日かけて作成した書類に不備があったせいで呼び出しを食らった。先方に失礼があったらどうするんだと注意されながら、怒り狂う上司の鼻に目がいく。
…出てるし。
奥さん指摘してやれよと思いながらだまって収まるのを待っていると、背後でひそひそ声が聞こえてきた。
「(ああしてる間にも鼻毛出てるんだよぉ、マジウケる!)」
「(浅川罰ゲーム過ぎ、可哀想!)」
「(ふぅうんっ!!っつったら鼻からビヨーン状態じゃね?)」
笑いたくなるのを堪えた。
「聞いてんのか!?返事はぁあ!!浅川!!」
見たくなくてうつむいていたのが、ちら見した瞬間吹き出してしまった。怒鳴り散らした上司の鼻から、元気な鼻毛が飛び出していたから。
「笑う所じゃないだろうが!!!」
「す、すいまひぇええん!!」
謝ろうとしたが、あまりにもおかしくて声が裏返っていた。
帰りの電車、くたびれた会社員の鮨詰め状態で揺られながら駆け抜けていく夜景を見ていた。金曜日の夜、一週間が終わった安堵感と同時に何故か寂しい気持ちになる。
この夜景を見ながら、みんなどんな気持ちになっているのだろうと。
疲れたな。
ご飯どうしようかな。休み何しよう。最近実家帰ってないな。母さんどうしてるだろ。
電車のアナウンスは次の駅の名前を知らせていた。聞きながら、疲れがどっと沸いてきた。
買い物してから帰ろ。
人々がごった返す中、電車から降りて家路を急ぐ。最寄りのスーパーに足を踏み入れ、適当に弁当を手に取った。
レジに向かう時に、不意に入浴剤コーナーに差し掛かって立ち止まる。何となくリラックスアロマ体験というフレーズに惹かれて、これもカゴに入れる。
…少し楽しみが増えた。
家に帰って携帯を見ると、メール着信があった。中身を確認すると、母親からだ。
『元気にしてるの?』
あれやこれやで、まともに実家に電話をかけてない。電子レンジで弁当を温めながら、久し振りに電話してみた。
何突然、と驚く母親の声が懐かしく、同時に恋しくなってきた。
今メールに気付いた、明日と明後日休みだから久し振りに帰ってみようかな。母さんの作った煮干し入りの味噌汁、久し振りに食べてみたくなったし。
…そんな会話をしながら、夕ご飯の準備を始めていた。
作品名:日常的小話。(アラサ―OL編) 作家名:ひづきまよ