ジェンダー喪失
ジェンダー論と言うものがある。世間一般で言うジェンダーフリー!ジェンダーフリー!とかいう活動のそれじゃあなくて、作品解釈とかで使う方だよ。
僕は、ようやく自分が男であると言う実感を得た所だったんだ。心に春風が吹いたようだった。桜の花びらが宙を舞う、新緑の春の兆し。
僕の心の中にもやっと、自分が男性であると言う自覚が萌してきたというのに。その証が、男性ホルモンの力によって生えてきた、この体毛たちである。脇にも、すねにも、男のシンボルのところにだって、生えてきた。僕は心底喜んだ。
これで、もう女の子の格好なんてしなくても済むんだ。そう思った。でも、桜は散ってしまうものだ。僕の花びらも、姉と言う春一番に、きれいさっぱり裸にされてしまうのだと言う、そんな春の終わりが僕には見えてきた。
家庭内において、僕には男性としての役割が、完全に求められていない。父親はいないし、母親と姉が二人、みんな僕の顔が女の子みたいだからって、昔からずっと僕に女の子の服を着せてきたのだ。本当はいやだったけれど、嫌だと言って嫌われるのは怖かったし、お姉ちゃんたちはかわいいかわいいとほめてくれる。これってそんなに悪い事なんだろうか。そう思い始めてた。でも学校に行ってからはやっぱり、僕は男の子なのだから、しっかりしなくちゃいけない。僕が、お姉ちゃんを守ったりする日が来るのだ。
そして、お風呂で僕は自分の体の変化を認めた。よし、きた、僕はこれで男の子なんだ、やった。
でも、駄目だった。
ぼく、あそこに毛が生えたんだ、もう立派な大人の男の子なんだよ。
家族に打ち明けた。
でも、駄目だったんだ。
それはよくないわね、すぐに剃りましょう。
せっかく可愛いのに、もったいないわ。
いったいなにがもったいないのかぼくにはわからなかった。
僕の男性としての尊厳は、刈りつくされてしまった。冬の到来でもあるかのように、僕の体は冬を越す桜の枯れ枝の如く、力をなくしてしまった。
僕は、男の子としては生きて行かれないのだろうか。
男性性は、完全に失われてしまった。守るべき家族、それが僕をこんな目に遭わせるのだ。だったら僕はどうすればいいのだろう、僕は家族を愛している。絶対に傷つけたくないし、言う事も聞くよ。
でも、お姉ちゃんに無理やり足を開かされて、がっちり固定されたまま、動いたらおちんちん切れちゃうよ、いいのかなぁ、なんて、こわい事を言いながら僕の陰毛にクリームを塗りたくり、剃刀の刃が肌に触れる冷たい感覚に震えている間、女の子のような声をあげて、僕は泣いていた。すねも、わきもきれいに剃られて、以前のつるつるの肌に戻った。
おねえちゃんの指が僕の男の子に触れても、僕はずっと萎れていた。僕は、男の子なのに。僕は、男の子なんだよね。そう……じゃ、ないのかなあ。
違う、僕は、一人の男なんだ。でも、どうしようもない。
今日も僕は女の子の格好で町を歩いている。
作品名:ジェンダー喪失 作家名:即興小説あっぷあっぷ