燈火朧
しかし、先月まではこんな気温じゃあなかった。それは確かだったので、正二郎がそう考えるのは自然と言えば自然なのかも知れない。突然寒くなった。冬が来たのだとか、あたりまえなことばかり言っていても面白くない。気づいたら寒くなっていた。と言えば、なんだか最近の天気がおかしいとか、そんな月並みなことしか言えないのは残念で仕方ないんだけれども、正二郎にとってもそれは同じであった。
いつも通学路の途中で、幼馴染である立田蔦子(たつたつたこ)を拾いに行かねばならないから。ちちょっとだけ遠まわりになる。それを彼自身はとくになんとも思っていなかったが、毎日毎日なかなか起きない幼馴染を布団から引きずりおろして起こし、支度が済むまで待つなんて、そんな芸当は普通はできないだろう。第一同世代の女の子が寝ている部屋に入ることも稀と言うか、一度だってあるかわからない状況である。それを毎日。正二郎にとっては日常の動作であり、脳味噌が朝はこれをしたらこれをしようと記憶する動作の一部として、家を出たら立田家へ向かって蔦子を起こして連れて行くと言う一連が家から出たら鍵を閉めるのと同じ事としてインプットされているのである。うまくできた脳味噌である。蔦子はと言うと、親からふざけた名前を貰った事をいまだに根に持っている。と言う事もなく、毎日寝坊をする程度には能天気であったので、自分の名前が適当くさく、そしておフザケに過ぎているなんてことを客観的に判断できるような娘ではなかった。正二郎的にはそういう彼女ののんびりとしたところが、長年一緒にいて心地いいペースだったりするので、こうして付き合いが続いているのである。蔦子は普段から天然ボケではあるが、声は意外とはっきりして良く通る。そしておっとりしている。スローなしゃべり方だがよく聞こえると言うのも妙な話ではあるが、耳通りがいいと言うしかない。正二郎はそんな彼女とのおしゃべりが楽しかった。癒されるなアなどと考えていた。彼女に対して、異性に対する特別な情念が湧きあがるようなこともなく、ごく自然にお互いが手を引っ張り合ったりしながら、学校までの道を歩くのだ。クラスも一緒である。智東高校までは、立田家から歩いて二十分ほど。二人で歩けばそこまで遠い距離ではない。
正二郎は今日も、立田家に向かって歩いていた。いつも通りだった。しかし、朝だと言うのに何やら消防車が良く通るものだと思っていた。どこかで火事でもあったのだろうか。
たどり着いた立田家は、全焼していた。昨晩いったい何があったのか。
そして、蔦子は無事なのか。
正二郎の胸は震え、落ち着かない。これは夢か。
作品名:燈火朧 作家名:即興小説あっぷあっぷ