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大文藝帝國
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囀り

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 「姫様」
 「…………」
 「姫様、食後のシフォンケーキをお持ちしましょうか?」
 「…………」
 「姫様、新しいお飲物は――」
 「…………」


 彼女に気づかれないように小さくため息をつく。

 ……また、怒らせてしまった。

 僕の目の前で、食卓につきながらも料理に全く手をつけず、頬を膨らませてそっぽを向いている少女。国王の一人娘、12歳のカナリー姫。
 僕は4年前から給仕としてこの屋敷に仕えている。ラーク、という名は目の前にいる彼女がくれたもの。


 ――4年前。それは、彼女が両親と城下の視察に訪れ、隙を見て逃走した日。逃走と言ってもそんなに大事ではなく、その日のうちに彼女は見つかり連れ戻された。
 彼女を見つけた人間というのが僕だった。親の顔も覚えてない、親戚がいるのかどうかもわからない、自分の名前さえわからない、社会から消えて透明になってしまった、そんな僕。
 暗い路地裏を1人で歩くこぎれいなフードつきのマントで顔を隠した子供が気になって、呼び止めてみるとあろうことか姫君で。それに気づいて襲ってきた周囲の破落戸を軽くあしらうと、何故か気に入られて「お父様が頼り甲斐のある人が欲しいと言ってたわ」と突然使用人に推薦された。
 たかが8歳の子供の意見なんて、と高をくくっていたけれど、王は溺愛する娘の進言を受け入れてこんな僕を本当に使用人の1人にした。執事や他の使用人達から1年かけて社会常識やらマナーやらあらゆる教養・考え・立ち振る舞いをたたき込まれ――


 ――今に至る。
 自分が見つけた使用人ということもあってか、姫様の周りの仕事は比較的僕がこなすことが多い。給仕の仕事もその1つ。

 そして今僕はまた、彼女を怒らせてしまった。

 今日の原因はディナーのメニュー。彼女が嫌いなトマトがメインディッシュの肉料理にかかっているソースに使われていて、それに気づかれてしまった。
 彼女が怒るのはそんなに珍しいことじゃない。けれど、今回は少しばかり僕も戸惑っていた。
 僕が失態をして彼女を怒らせた時、今までだったら普通にこっちから謝ったところで許してくれた。それが難しい時でも、「美味しいアップルパイを焼いて頂戴」とか「城下で一番可愛い人形を買ってきて頂戴」とか、要求されてそれに答えれば機嫌は直った。けれど、


 「……姫様、お食事の件は大変申し訳ありませんでした。ですが、そろそろご機嫌を直して頂けないでしょうか? ご要望があればどんなことでも承りますので……」
 「…………」


 今日はそれでは駄目らしい。
 どうしたものかともう一度ため息をつくとーー横目でこちらを見た姫様が、一瞬笑みを浮かべたのが見えた。しかし次の瞬間には先程までの不機嫌そうな表情。

 ……成程。つまり、これは僕に対するちょっとした悪戯のつもりなのか。

 大方察しはついた。いつもすぐに謝ったり、何でも言うことを聞いたりする僕を面白くないと思って、今回の態度をとっているに違いない。以前、


 『ラークが困る顔が見てみたいわ』


 と言っていたのを思い出す。

 全くもって可愛い人だ、と思う。
 こんなことで人の気を惹こうだなんて、幼く、無知で、それ故愛おしい。
 そっぽを向いたその顔を眺める。うっすら紅潮している白い頬。こちらを気にしているのか微動するガラス玉のような瞳。少し尖らせた小さく赤い唇。普段の彼女も十分可愛らしいけれど、こういう表情も悪くない。

 悪くない、のだけれど。

 姫様は一体いつまで黙っているのだろう。
 僕が涙を流せば許すだろうか。それでももし何も言ってくれなかったら?
 僕が怒声をあげれば怯えて許すだろうか。それでももし何も言ってくれなかったら?

 頬も、瞳も、唇も、姫様のことなら全てが愛おしい。
 けれど、僕が一番好きなのは彼女の声。僕に名前をつけてくれた彼女の声。僕の名前を呼ぶ彼女の声。笑い声。怒った声。泣きそうな声。

 でも。でもその声はいつ聞ける?
 いつになったら、彼女は僕を呼んでくれる?

 嗚呼、なんて酷い仕打ちなんだろう。

 こんなの、もう、


 「――耐えられない」


 そう思った次の瞬間には、この手は彼女の首に伸ばされていた。

 彼女に戸惑う隙も与えず、両手で白い首筋を覆い、圧迫する。驚いたのか、彼女の喉が動く感触が伝わる。枝を折ることよりも、花を手折ることよりも簡単に折れてしまいそうな彼女の細い首に、優しく力を込める。
 そんな僕の両手に、彼女の両手が重ねられる。小さな小さな掌の、精一杯の抵抗。可愛い可愛いカナリー。


 「君は、なんて残酷なんだろうか」


 ガラス玉が丸く見開かれ、僕を映す。


 「ねぇ、笑って? 僕を見て? 名前を呼んで?」


 僕を呼んでくれるのは君だけ。僕には君の声しか聞こえない。
 君がつけてくれた僕の名前。何もなかった僕に君がくれたもの。けれど、君に呼ばれない僕の名前なんて何の意味もない。君に呼ばれなければ僕の名前は透明になって、僕も透明になって、また、消えてしまう。
 僕には君は殺せない。君は僕にとって何よりも大切な人。でも、でも、その声が名前を呼んでくれないなら、僕はどうすればいいんだろう。

 いつもみたいに僕を呼んで。

 でないと、僕は、


 「…………ら、ーく」


 小さく漏れる彼女の声。
 ずっと聞きたかった彼女の声、その響き。
 すぐに手を離して、むせる彼女を抱きしめる。


 「ケーキ、ご用意しましょうか」


 数分後、ケーキを口にして笑う彼女が目に浮かぶ。

 なんだか、とても幸せな気分だ。






作品名:囀り 作家名:大文藝帝國