カゲロウ
「あんたにあげる金なんか、もうない。二度と電話してこないで!」
私は言い、思いっきり電源を切った。いきなり大声を上げた私に、ホームに残っていた数人の人間が何事かと私を見たが、このときには気にならなかった。
電車はとっくに行ってしまっている。もう会社にも間に合わないだろう。今まではすごく恐れていた事態だったのに、いざこうなってしまうと、逆に開直ってしまうのだから、人間って不思議だ。
後ろを振り向く。カゲロウはいなくなっている。もう現れないだろうか。分からない。
だけど根拠もなく、私はもう大丈夫な気がした。だってあんな情けない男の電話一本が、私の命を救うことだってあるのだ。この私が誰かに出来ることだって、きっとこれから、たくさんあることだろう。そう思い、私は頬に流れていた涙を乱暴に拭い、ホームから出るために踵を返した。