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赤い湖畔

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静かな湖畔の森の影から、小鳥の囀る声が聞こえる。それは平和な湖畔の話であって、僕の窓から見える湖は血のように赤いし、森の奥からは虎の咆哮が聞こえる。
 それでもどこか静かだった。
 僕の心が寂しいからそう感じているだけであって、勝手な思い込みって考えもなくはない。空っぽな感情に喧騒が弾かれただけなのかもしれないし、そうであっても結果論で言ってしまえばこの湖畔は静かなのだ。思い描ける感情はこの手に納まる分だけなのである。
 木造の小屋に放り込まれて三つの夜を越えた。日が沈みかけ、空はまた新しい闇を迎えようとしている。不思議と食料には困っていないし、生活に不便を感じることはなかった。床下の狭いスペースに缶詰が大量に置いてあったのだ。そしてテーブルやソファ、挙句にベッドまで完備してある丁寧ぶり。おかげで僕は綺麗なロッジに小旅行でもしに来た気分であった。
 あの日、森の中で僕を脅した三人の男はどこに消えたのだろう。ライフル銃を不慣れそうに背負って、似合わない猟師の恰好をしていた。あれはきっと偽物の猟師だ。全員の服や長靴に泥の汚れや、枝の擦れたような傷が見当たらなかった。それだけに僕は身の危険を感じた。こいつらを逆撫ですると重たそうな猟銃を向けられるに違いない、だから大人しくついていこう。
 森を散歩するために金を持ち出す必要はないし、寧ろ財布ごと無くしてしまう可能性の方が高い。それに僕は中学生である。そんな輩に金をせびるのは圧倒的に彼らの間違いであるような気がしたけれど、軽口は胸の底にぐっと押し戻した。
 ぬるいオレンジジュースを注いでリビングに戻る。相変わらず慣れない木造りの匂いが鼻孔をさした。よく沈むソファに身を預けると唐突に眠気が訪れる。
 彼らの目的が一向につかめないまま三日が過ぎて、終わろうとしている。金がないからカツアゲしよう、一銭も持っていなかったから小屋に監禁しよう。こんな話の流れを見て、首を傾けずに頷ける人間がどれだけいるだろうか。そして不思議な光景の森。虎と赤い湖が存在する森林がこの辺りに存在するとは一度も聞いたことがなかったし、野良の虎は捕まえるか殺すべきだ。そのための猟師だったのだろうか。そうだとしたら僕を助けた?
 くすり、と笑ってジュースを飲んだ。それなら金を要求する意味も見当たらないから。
 答えが出ない疑問を考えるくらいならば寝よう、それが無意味なクエスチョンだったらただの時間の無駄だから。僕は大きく一つ息を吐き出して、ゆっくりと目を瞑った。
 遠くから、空気が弾けたような銃声と、空を揺らす咆哮だけが微かに響いた。
 一拍の空白の後、透明な眠りが僕を包んだ。
作品名:赤い湖畔 作家名:藍絃 涼