風のごとく駆け抜けて
駅伝部に入って最初の土曜日。
基本的に土曜日は午前中が練習時間となっている。
無事に練習も終わり、部室にみんなで戻って来る。
そう言えば私自身、このあきらかに物置にしか見えない建物を「部室」と呼ぶことに違和感が無くなっていた。
慣れと言うものは恐ろしい。
まぁ、中にはブルーシートが敷いてあり、その上で着替えたりしているので綺麗ではあるし、広さも12畳くらいありシューズを置くための棚と古いスチール製の机がある以外は何もなく、快適ではあるのだが。
「お腹すいたわね」
「自分も葵に同感」
部室に入るなり、葵先輩と久美子先輩がお腹を押さえながらだるそうに言う。
と、突然葵先輩が私達の方を見る。
「ねぇ、せっかくの土曜日だし、みんなでお昼を食べに行きましょうよ。1年生の歓迎会を兼ねて」
その一言にみんな目を輝かせる。
そうと決まれば善は急げと、全員急いで着替え、学校から一番近いファミレスへと自転車を走らせる。
店内に入り、何を食べようかと吟味していると、葵先輩がボタンを押す。す
ぐにウエイトレスがやって来て、葵先輩がオーダーする。
「えっと……オムライスカレー、たらこスパ、和風ハンバーグ単品、から揚げバスケット、野菜炒め盛り合わせ、チーズドリア、イタリアンピザ、卵焼き、すべてひとつずつでお願いします」
ウエイトレスが注文を繰り返し、厨房へとオーダーを伝えに行く。
「葵さんよく来るんですか? あたし、何にしようか決められなくて困ってました」
「同じく。まずは今の注文分を食べきって、まだ入るようなら追加しようかな」
麻子と晴美がそう言いながらメニューを閉じる。
「それ、勘違い。あ、1年は初めてか」
久美子先輩は自分で言って1人で納得していた。
「今頼んだ注文、みんなの分じゃないわよ。あれ全部うちの昼御飯だから」
その一言に、私達1年生4人は目を丸くする。
そして次々に注文の品がやって来て、すごい勢いで葵先輩の体に収まっていくのを目の当たりにし、私達は自分の御飯を食べるのも忘れてあぜんと見ていた。
「ありえないかな」
「これはすごいんだよぉ」
「葵先輩、それだけ食べて太らないんですか」
私が恐る恐る聞いてみると、葵先輩は「うん。だって毎日部活で走ってるし」と何食わぬ顔で答える。
いや。あきらかに摂取カロリーが消費カロリーを上回っている気がするのだが……。私の計算違いなのだろうか。
「まぁ、うちが食べるの大好きなのは事実だけどね。そもそも中学で陸上部に入ったのも、毎日美味しい御飯をいっぱい食べたいからだし」
なるほど、走り始めるきっかけは人それぞれなのか。
それにしても、葵先輩がこんなにも大食いだったとは。
私より少しだけ背が高く、まさにランナーと呼べるような体型からは想像も出来ない。なんだか先輩の意外な一面を見た気がした。
先輩達との食事会から三週間近く経ち、私達1年生もジョグと流しと筋トレだけの練習から、少しずつ先輩達とポイント練習も行うようになって来た。
「3人とも引退してからあまり走ってないようだしな。まずは体力作りからな」
永野先生はそう言って、1年生だけ最初のうちは別メニューを組んでいた。
この一ヶ月で気付いたのは、永野先生はあきらかに陸上経験者だろうと言うことだ。
私達に言うアドバイスなどは非常に的確で、何度も感心することがあった。
部活が終了し、着替えている最中に、それについて先輩達に聞いてみたのだが2人とも何も知らなかった。
「先輩達も知らないんですね。明日、永野先生に直接聞いてみましょうか」
「あら聖香。4月ボケかしら? 明日から学校も部活も三連休よ」
葵先輩の一言に私はハッとする。
そう言えば4月も淡々と過ぎて行き、気が付けば明日から5月の大型連休だ。
「高校生になってもう一ヶ月かぁ。あっと言う間なんだよぉ」
私も紗耶と同じ気持ちだ。
入学してすぐはドタバタして目まぐるしかったが、それを通り過ぎると日々充実していて、あっと言う間に時間が過ぎたように感じる。
「油断するとすぐに大学受験かな」
「部活的にも駅伝がすぐ来そう。もっと日々、努力しないと」
麻子がそう言ってため息をつく。
私から見ればかなり頑張っていると思うのだが。
「いや、十分やってる。すでに自分より速い」
久美子先輩が言っているのは、先日行った3000mのことだろう。
「そうだよぉ。高校から陸上を始めたのってあさちゃんだけなのに、もう部の3番手じゃない。わたしも先日負けちゃったんだよぉ」
紗耶が悔しそうに不満を口にする。
「紗耶、唇を尖らせて、まるでアヒルのようかな」
晴美の一言に全員が頷き、大笑いをする。
一瞬で部室の中が、夏の日差しを浴びたかのように明るくなる。
私は駅伝部のこの雰囲気がすごく好きだった。
このメンバーで都大路を走れたら最高だろう。
そう考えると、今まで以上に練習をしようと言う気持ちが自然と湧いて来る。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻