風のごとく駆け抜けて
駅伝前の嵐
10月も中旬を過ぎ、いつのまにやら暑さは消え、風も涼しくなって来た。
昨日行った駅伝の試走もその気候のおかげで随分と走りやすかった。
ちなみに高校駅伝のコースは折り返しの直線コースとなっている。
私の走る1区6キロは、100mのスタート地点から競技場を1周して、県道に出ると道なりにずっとまっすぐに進む。
1キロ地点で長さが300m近くある大きな橋を渡る。
橋には車道が上下線それぞれ2車線と歩道があり、幅もかなり広い。
また、橋全体が赤く、モニュメント的な意味もあるのか、半円上のアーチと鉄柱によって周りを飾ってある。
半円の高さが20m近くあり、遠くからでもこの橋が見えるため、観光の目玉にもなっているらしい。
その橋を超え、ラスト1キロまではずっと平坦だ。
ラスト1キロのみ、高低差が激しいアップダウンが小刻みに続く。
アップダウンが得意な私としては、ここで勝負を仕掛けたいところだ。
2区4、0975キロはひたすら直線の平坦コース。
3区も平坦だが、約500m走ると折り返しが入る。
つまり3区3キロのうち、この折り返しで1キロ走り、残りの2キロは2区のゴールから中間地点までを逆走することになる。
4区3キロは、2区の中間点からスタート2キロ分と1区のラスト1キロ分を逆走、つまり4区もラスト1キロがアップダウンだ。
そして5区5キロは1区の5キロ分の逆走。
今度は赤い大きな橋を渡り切ってラスト1キロとなる。ただ、1区と違い100mのスタート地点から競技場に入り、1周と100m走ってゴール。
1区より5区の方がトラックを100m多く走るが、そこは2区の端数分0、0975キロ、つまりは約97m分と3区の折り返し地点までの距離で調整をしているようで、折り返し地点がそのまま全体の中間点となっていた。
今日は試走の次の日と言うことで、練習もジョグのみとなっていた。
ちなみにこう言う疲労抜きの日は、晴美は美術部に顔を出す。
1人で部室に向かっていると、下駄箱付近で麻子に声を掛けられ、2人して部室まで世間話をしながら歩いて来た。
「ねぇ、あれ紗耶よね」
「だね。左側だけお団子を結ってるのは、校内でも紗耶くらいでしょ」
言いながら、紗耶を見ていたが、あきらかに挙動不審だった。
部室の入り口前でそわそわしながら、行ったり来たりをしている。
まるで、今から不法侵入を試みようとしている泥棒のようだ。
「おーい。紗耶」
麻子が大声で紗耶を呼ぶと、紗耶はびくっと驚きこっちを向く。
私達に気付くとかなり焦った顔をしながら、手で何やらジェスチャーを始める。
でも、何が言いたいのかまったく分からなかった。
紗耶も伝わらないのが分かったのだろう。
まるで忍者のように、音を殺しながら私達の方へ小走りでやって来た。
「部室の中が、大変なことになてるんだよぉ」
「え? でも紗耶……。今あなた部室の前にいたわよね」
麻子の質問に紗耶は苛立ちを見せた。
「中になんて入れないよぉ。あおちゃん先輩とくみちゃん先輩が大声で喧嘩してるんだよぉ」
私と麻子はお互いの顔を見合わせ、どちらとなく部室の入り口に近付く。
さっき紗耶がしたように足音を忍ばせながら。
「なによ! じゃぁ、うちが悪いっていうわけ?」
「別にそうは言ってない。ただ、葵の言い方が悪いってだけ」
「結局悪いって言ってるじゃないの!」
葵先輩と久美子先輩の声がはっきりと聞こえて来る。
いつもはもの静かな久美子先輩までもが、大声を出していた。
「だいたい久美子はいつもそう。なんか走ることに関しては、冷めてると言うか興味がなさそうと言うか。後少しで駅伝って言うのに」
「今、それは関係ない。そもそも、葵に自分のことなんて分からないし」
「なにその言い方! もういい。あなたとなんか走りたくない」
言い終わると同時に、足音がこっちに向かって来る。
その場から私達は逃げようとしたが間に合わなかった。
部室のドアが開くと同時に、私達と葵先輩が向き合う様な格好になる。
私達の顔を見て葵先輩は一瞬気まずそうにするが、すぐに表情を戻し、久美子先輩にも聞こえるような声で、「気分が悪いから帰る」とだけ言い放つと、自転車置き場に向かって歩いて行ってしまった。
部室の中にいた久美子先輩に眼をやると、深くため息をつき、「走る気分じゃない。帰る」と言って同じように部室から出て行った。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻