小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風のごとく駆け抜けて

INDEX|245ページ/283ページ|

次のページ前のページ
 

家の電話が鳴るのが聞こえた。
コール音が3回鳴った所で誰かが電話に出たようだ。

さっき台所に行った時に母親を見たのを思い出した。

それからしばらくすると、今度は玄関のチャイムが鳴る。

来客なんて珍しい。

少なくとも、私がこうして引き篭もるようになってからは一度も無かったはずだ。宅配でも来たのだろうか。

そう思いながら、私は眠りにつきかけていた。

と、誰かが家に上がる音がした。

母親の知り合いなのかも知れない。
面倒くさい。これでは台所へ行けないではないか。

まぁ、このまま寝てしまえば問題はないか。

夢と現実の狭間で、私はぼんやりとそんなことを思っていた。

だが、来客の足音が真っ直ぐに私の部屋に向かって来た。
夢の中へ行きかけていた意識が現実へと歩み寄って来る。

「聖香。入るわよ」
私が返事をする前にドアが開く。「しまったカギでも掛けておけばよかった」と一瞬だけ思った。

カーテンを閉め切った薄暗い私の部屋に入って来たのは麻子だった。

「久しぶり……」
麻子はそれだけ言うと黙り込んでしまう。
まるで先生に叱られた子供のように、下を向いて俯いていた。

「座りなよ」
私は麻子に言いながらベッドから体を起こす。
家族以外の人と喋ったのは、晴美の通夜以来だ。

ふと、麻子が手にプリントを持っていることに気付く。

私に言われ、麻子も「うん」と一言だけ言うが、結局立ったままだ。

私と麻子の間でしばらく沈黙が流れる。

あきらかに麻子は何か言いたそうな眼をしていた。
私も言いたいことがある。
が、それは無理に言うことでも無い気もしていた。

「ねぇ、聖香」
精一杯絞り出しました。
と言う様な声で麻子が私を呼ぶ。

麻子にしては珍しく声が震えていた。
その声を聞くだけで、麻子が次に何を言おうとしてるのか分かってしまった。

「ごめん、麻子。心配かけて……。でも、私」
「うん。聖香が辛いのは分かってる。晴美とは幼馴染なんだし。でもやっぱりさ、聖香がいないと始まらないんだよ。都大路に行こうって1年生の時から約束してたじゃない……」

「ごめん。正直今は走ることとか考えられない」
私の一言に麻子は泣きそうな顔をする。
でも、これが今の私の本心だった。

「駅伝部どうするの? 晴美が都大路で待ってるんだよ」
麻子の一言に自分の感情が一瞬で沸騰する。

「そんなこと言っても晴美はもういないじゃん!! 亡くなった晴美の感情を勝手に推測して適当なこと言わないで! 晴美が都大路で待ってるとかそんなのただの妄想でしょ! 私がどれだけショックを受けてるかもしらないくせに! お願いだからほっといて」

私の言葉を聞いた麻子は、手に持っていたプリントをぐしゃっと握りつぶした。

「聖香のバカ! あたし達だって大切な仲間を失ったことに変わりは無いのよ。あなた部活に来てないから、どれだけみんなが泣いたかも知らないでしょ! みんな辛いのよ。あたしだって今でも泣きそうになる。それでも……それでもあたし達は前に進むしかないじゃない! 一緒に前に進んで行きたいって思ったのに。もういい! 知らない! あなたはそうやって一生自分の殻に閉じこもっていればいいわ。あなた抜きでも、あたし達は晴美が待っている都大路に行ってみせる」


麻子は大声で怒鳴り散らし、握りつぶしたプリントを私に向かって思いっきり投げつけ、部屋を出て行った。

どうやらそのまま帰ってしまったようだ。

麻子がいなくなり、部屋はまた静けさを取り戻す。

私は麻子が投げつけて来たプリントが気になり、手に取る。
ぐちゃぐちゃになったものを広げて行き、そこに書かれていたものを見て驚いた。

『全国高校駅伝イメージポスターコンクール 最優秀賞 佐々木晴美(山口県立桂水高校3年)上記作品を本年度の全国高校駅伝ポスターとして採用いたします』

2行に渡って書かれた文章の下には、大型連休の時に見せて貰ったあの絵があった。

タスキを掛けた4人の女性ランナーを斜め後ろから書いたあの躍動感に溢れる絵だ。

さっき麻子が言っていた、都大路で晴美が待っていると言うのはこう言うことだったのか。

晴美は自分の力で私達よりも先に都大路へと辿り着いたのだ。

その事実が理解出来た時、私は泣き出していた。
でも、今までのように悲しくて泣いているのでは無かった。

晴美は確かに亡くなってしまったが、晴美が残してくれたものは決して世界から消えていないんだと言うことに気付いたのだ。

現に私にも、晴美との思い出はたくさん残っていた。

決して晴美のすべてが無くなってしまったわけでは無いと気付き、私はただ泣くばかりだった。