風のごとく駆け抜けて
「あ、もうこんな時間。みんなちょっとぶらぶらしない? 面白いところに連れて行ってあげる」
えいりんの提案で店を出てアーケードを歩き始める。
路面電車がある大きな通りとは逆方向へと進んでいく。
確か、こっちには陸上用品の専門店があったはずだ。
と思っていたら、たどり着いたのはまさにそのお店だった。
「ここ、陸上用品の品揃えが半端じゃなくすごいのよ」
「え? ランニング専門店って書いてあるじゃん。そんな専門店初めて見た」
「うわぁ、これはすごそうだねぇ」
麻子も紗耶も、店の前ですでに驚いていた。
当然のように、中に入るとその驚きは何倍にも膨れ上がる。
2人とも桂水市では売って無いような陸上Tシャツを買う。
驚いたのは、駅伝の時に麻子がタスキに書いた『一走懸命』と言う言葉が背中に大きく書かれたTシャツが売っていたことだ。
もちろん麻子は喜んで買っていた。
と、晴美がレジの壁にかかった一枚の写真を見つける。
「これ、聖香と市島さんじゃないかな」
言われて見てみると、この前の大型連休に2人で訪れ、撮ってもらったものだった。
「あ、思い出した。君、市島さんと5月頃来たよね」
「今頃気付いたんですか大田さん。てか、彼女の顔を見てもっと他のことに気付きませんか」
えいりんがレジに立っている店員さんに謎かけをする。
レジの男性も言われて必死に考え込む。
考え込むこと30秒。
大田さんと言う男性店員が何かに気付いたらしく、レジからシューズ売り場の方へ行き、そこに置いてあった陸上雑誌をペラペラとめくり出す。
3冊目をめくった所で、「これだ」と声を上げる。
それは、私が3000m障害で高校新を出した時の特集が載っているページだった。
「おお、さすが大田さん。自称陸上選手マニアなだけありますね」
えいりんが驚きの声を上げつつ、笑顔で拍手をする。
「いやいや、それは置いておいて、なんでそんな子がここに? だって桂水高校って山口県でしょ?」
「あ、修学旅行でこっちに来たんですよ。この前は個人的に遊びに来ただけですけど。えいりん……いや市島さんとは中学の時から親友ですし」
不思議そうに私を見て来る店員さんに、私は必死で説明をする。
結局その後、前回と同じようにみんなで記念写真をと言うことになった。
もちろん、5人全員で仲良く写る。
「ずっと飾っておくからいつか見に来てね」
と言う店員の言葉を後に私達は店を出る。
「てか、一昨日、昨日の早朝といい、今といい、みんながどれだけ陸上バカかはっきり分かったかな」
ため息をつく晴美の手には、しっかりとTシャツの袋が握られていた。
その後はえいりんの案内でアーケードを見て回る。
私が大型連休の時に見つけた、本屋の前にあるカッパの銅像に麻子がものすごい興味をしめし、紗耶に頼んで記念撮影をしてもらう始末だった。
「さすが……。さわのんと同じ部活にいるだけはある」
その姿を見てえいりんは妙に感心をしていた。
路面電車の通る道路を渡り終えると、歩道の片隅に謎のオブジェを見つける。
台座の上に丸い石が乗っており、台座に溜まっている水のおかげなのだろうか、丸い石が手でも簡単に回る。
これに興味を示したのが晴美だった。
何枚も写真を撮り、石を何度も触り、うっとりとしている。
こう言う姿を見ると駅伝部マネージャーとしてでは無く、美術部としての晴美を強く感じる。
「ねぇ、みんなは熊本に来て何を食べた?」
歩きながらえいりんが私達に聞いてくる。
聞かれて私達も、昨日と一昨日に食べた物を必死で思い出し答える。
「そっか、そっか。じゃぁ、良い所に連れて行ってあげよう。と言ってもさわのんは前に一度行ってるけどね」
えいりんが私の眼を見て、「ごめんね同じ所で」と言わんばかりに、一瞬謝って来る。
それを見た紗耶がため息をつく。
「気のせいかなぁ。なんか親友のデートに付き合わされて、どうして良いか分からない的なポジションに立ってる気がするんだよぉ」
いやいや、何を言いだしているのだ。
私が否定をしようとすると
「まさにそれだ! いや、あたしさっきからこの雰囲気は何かなって思ってたのよ」
麻子まで賛同する。
まったく、この2人は悪乗りをすると言うか何というか。
だが、あきれてしまった矢先に晴美がとどめの一言を言う。
「まぁ、修学旅行で会おうとするって自体がもう恋人って感じかな」
「黙って聞いてれば好き勝手なことを。だいたい、熊本に私の友達がいるからって言った時に、会いたいって言ったのはみんなでしょ? なんで私がえいりんに会いたいから熊本に来たってことになってるのよ」
私が文句を言うと、横で聞いていたえいりんが「えっ」と声を上げる。
「さわのん、私に会いに来てくれたんじゃないんだ。そうなんだ。私はただのついでだったんだ。遊びだったのね」
えいりんは両手を顔に当て泣き真似を始める。
「ほらぁ、市島さんに謝ってぇ」「聖香はとんでもない女泣かせかな」「うわ、聖香みそこなった」と桂水高校のメンバーもノリノリで私を批判してる。
いや、もうこのミニコントはいいから。
えいりんも含め、全員の頭を軽く叩くと、一旦この場は収まる。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻