風のごとく駆け抜けて
「まあ、とりあえず座れ」
言われて私達は、すでに帰られた先生の椅子を拝借する。
「私の予想では城華大はセオリー通りのメンバーを組んでくると思う。てか基本的に阿部監督は奇抜なオーダーを嫌うからな。私がアンカーを走ったあの試合だって、チーム事情を考えれば、ごくごく当たり前のオーダーだったしな。そう考えると、今年の城華大付属は、1区雨宮、2区工藤、3区岡崎、4区貴島、5区山崎と言う線が濃厚だ」
その考えには特に反対意見も無い。
私が予想したとしてもまったく同じ結果になるだろう。
「ただな、向こうは伝統校だ。伝統校にはやっぱり意地と経験があるからな。どうしてもギリギリの接戦になると分が悪くなる。だったら、いっそのこと先手必勝で勢いにのってやろうと考えた。正直言ってこの考え自体は4月頃からあったんだ」
「あの、話があまり見えてこないんですけど」
「いや、湯川。もう少し、黙って聞け。お前にも大いにかかわることだから」
永野先生に言われ、麻子はよけいに話が見えなくなって来たようだ。
その代わりなのだろうか、私に話がふられる。
「時に澤野、お前が今のメンバーで先行逃げ切りをしようと思ったら、どう言うオーダーを組む?」
話を振られ私は真剣に考える。
今とまったく同じオーダーにするだろうか。
それとも1区に私が行き、2区が紘子か。
いや、それだと1区で差が付き過ぎて、流れに乗れなくなる可能性がある。
4区に葵先輩で5区に紗耶を持って来ると、4区までに大差が付かなかった場合、藍子にあっさり逆転される可能性がある。
ある程度アンカーも力が必要だ。
と、私は気付いた。
「私だったら、1、2、4区は同じで、3区に葵先輩、5区に麻子を持って行きます」
私の意見を聞いた永野先生は、なぜかすごく嬉しそうだった。
「その理由は?」
「城華大付属のオーダーを考えた時に、3区には麻子と葵先輩どちらが入っても十分にリードは奪えると思います。それだったら昨年アンカーを経験してる麻子をアンカーに入れる方が地の利が効いて安定度が増します」
なぜか、永野先生の机の上にあったチョコレートを貰った。
そう言えば、昨年初めてここを訪れた時には晴美が貰った気がする。
「すごいな澤野。正直驚いたぞ。お前明日から私の代わりに監督やるか? いや本当に百点満点の答えだ」
口には絶対に出さないが、永野先生のように教師になって、高校生を指導してみたいと密かに思っている自分にとって、その一言は心臓が飛び出そうなほどに嬉しかった。
あまりの嬉しさに顔がにやけそうになるのをごまかすために、貰ったばかりのチョコレートを口に放り込む。
「実はな、県総体が終わった直後。もう五ヶ月近く前か。大和から直々に申し出があったんだよ。今年の駅伝は5区を走らせてくださいって」
私と麻子は思わず顔を見合わせる。
どこの区間が走りたいなんて、葵先輩は今まで一言も言ったことは無かった。
だからこそ、永野先生の言うことがすごく意外だったし、大いに驚きもした。
「大和も色々思うことがあったんだろうな。北原が転校してしばらくは、授業中にぼーっと考えごとをしてることがあったし。北原と目指してた都大路へのゴールテープを自ら切りたいというのもあったのかもな。でもまぁ、アンカーを走りたいって言うのは大和のわがままだからな。私は条件を付けたんだ。秋になってからで良いから、3000mで湯川に勝つこと。5区の5キロを任せても良いと私が思えるような結果を何らかの形で出すこと。ってな」
なるほど。だから葵先輩は3年生になってからあんなにも練習で積極的になっていたのか。
それに、先月の県選手権3000mで麻子に勝とうと積極的な走りをしていた理由も、先日のロードレースでの走りのわけも分かった気がした。
あれ? もしかして永野先生があのロードレースに申し込んだのは、葵先輩の5キロの走りを見たいからと言う理由もあったのではないのだろうか。
「だからさっき葵さんは謝って来たのか。話を聞いたら、葵さんが努力して5区を勝ち取っただけじゃん。まったく、葵さんは変な所で遠慮すると言うか、気が小さいと言うか」
言っていることは悪口とも思えるような内容だったが、麻子の表情は「本当にしかたないんだから葵さんは」と言っているように思えた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻