風のごとく駆け抜けて
次の日の1500m決勝。
スタート前の顔ぶれは随分となじみの顔がいた。
清水千鶴に貴島由香、紗耶。
それに昨年県駅伝の3区を走った城華大付属の岡崎祐さん。
同じ城華大付属の三輪さくらさん。
つまり、最終組に城華大付属が3人もいると言うことだ。
これは随分とハイペースなレースになるかも知れない。
そう思いスタートしたものの、実際は随分と違ってた。
私は落ち着いてレースを進めて行こうと、スタートダッシュをせずにゆっくりとスタートした。
スタートと同時に先頭にたったのは清水千鶴だった。
ただ、いつものようなハイペースではなく、非常にゆったりとしたペースだった。
いつもなら私がすっと先頭に出てペースを上げるのだが、あえてそれをしなかったら、ペースが遅いままレースが進んで行ってしまった。
先頭集団は清水千尋と貴島由香を先頭に紗耶、岡崎裕さん、三輪さくらさん、私と6人の集団になっていた。
ちなみに私は6番目を走っている。
300mのラップも57秒での通過となる。
ちなみに県総体の時、私と清水千鶴は50秒で通過した。
それを考えると随分と遅いペースだ。
もちろん私はかなり余裕があった。
当然清水千鶴もそうだろう。
そう考えると、ラストでスパート勝負になるのは必至だった。
問題はどこからそうなるかだ。
それとも私がどこかで仕掛けてしまうか。
最初の1周目を回ったところで前の5人を見る。
誰もが余裕を持って走っているのが分かる。
これはもしかしたら6人で激しいラスト勝負になることも十分に考えられる。
高校生になってから、レースでこんなに後ろの方をのんびりと走るのは初めてだ。
だからこそ気付いたことがある。
城華大付属の蛍光オレンジのユニホームが3人も前にいると、眩しくてたまらない。
私が積極的に前へと行かないからなのか。
それとも先頭集団の誰もがラストに向けて力を溜めているのか。
集団はまったく崩れることなく淡々とレースは進んでいく。
よくよく考えたら、ペース走などのみんなが決められた一定のペースで走る練習以外で、私が紗耶の後ろを走っていると言うのは随分と珍しいことだ。
紗耶のスピードは油断出来ない。
総体の800mもこの1500mと同じような感じでレースが進み、紗耶は4位に入った。
味方としては頼もしいが、今回のようにライバルとして走るとまったくもって恐怖だ。
そう言えばあの時の800mでは、貴島由香もとんでもないスパートを見せたのを思い出す。
清水千鶴は言うに及ばず、城華大付属の岡崎さん、三輪さんも油断できない。
ここは敵の得意分野でわざわざ勝負することもないだろう。
トラックを2周走り、800mを通過する。
ここまで随分とゆったりとしたペースで走って来たので、体力はかなり残っている。
バックストレートを半分行ったことろで、私は静かに前へと出始める。
城華大付属の三輪さん、岡崎さんを抜き、3番目を走っていた紗耶に並ぶ。
並ぶと同時に紗耶が私を見たが、お互い何も言葉は交わさなかった。
前にいるのは清水千鶴と貴島由香の2人のみとなった。
彼女達は2人並んで先頭を走っていた。
走りを見る限り、まだまだ余裕があることは間違いなかった。
その2人を抜き、ラスト600mになった時点で私は先頭に出る。
先頭になると同時に、スピードを一気に切り替えスパートをする。
ある程度は想定していたのだろうか。
それとも、私が前に出た時点で予測が出来ていたのだろうか。
後ろからぴったりと足音が付いて来る。
さらにはこの息遣い、間違いなく清水千鶴だ。
ただ、清水千鶴はぴったりと私の後ろを付いて来るだけで、決して前へ出ようとしなかった。
ラスト1周の鐘が鳴り、私はもう一段ギアを切り替える。
それでも千鶴は付いて来た。
一瞬、昨日の800mのように一度ペースを落としてみようかとも考えたが、多分昨日の今日では意味も無いだろうし、今度はペースを落とした瞬間にスパートをかけられる気がした。
となると、このまま我慢比べをするのがベストなのだろうか。
ふと、昨日の雨宮桂のラストスパートが脳裏をよぎる。
あんな走りが私にも出来るだろうか。
ラスト300m。雨宮桂の真似をするわけでは無いが、私はここでさらにスパートをかけようと試みる。
ただ、ラスト600mからロングスパートをかけているうえでのペースアップだ。
自分からみてもそれほど大幅なペースアップをしているとは思えなかった。
しかし、清水千鶴に対しては効果があったようだ。
ラスト200mで後ろをついていた足音が消えた。
ただ、総体の時も一度離したはずなのにラストでまた追いつかれた経験がある。
と、私は昨日の800mのラストを思い出す。
よくよく考えたら、昨日は後ろを警戒していたが、総体の時に追いつかれたことを完全に忘れていた。
昨日の自分を振り返り、なんとも危ないところだと気付く。
たまたま昨日は千鶴の気持ちが切れて助かっただけなのかもしれない。
だからこそ、今回は油断しないように最後まで全力で走る。
ラスト100mになり初めて気付いたことがあった。
中学時代、1500mで県チャンピョンになった。
昨年の県選手権で800m優勝。今年の県総体で1500m優勝。
県チャンピョンだけなら何回かある。
ただ、大体は優勝を狙って1種目に絞っていた。
今回のように2種目出ること自体が初めてだ。
つまり、このまま1500mをトップで走り切り、優勝出来れば人生初の2種目制覇と言うことだ。
ラスト100mを切り、そのことに気付くと俄然元気が出て来た。
ラスト600mからの猛烈なスパートで足が重たくなっているし、息もかなり上がっていた。自分の乱れた呼吸がハッキリと耳に入って来る。
体は限界を感じ始めていた。
でも、気持ちは不思議と元気になって来ている。
ラスト20mになった所で、自然と笑みがこぼれて来た。
私は2種目制覇をアピールするように両手を斜めに広げて、まるでグリコのポーズのような格好して笑顔でゴールを駆け抜けた。
ゴールして後ろを振り返ると、千鶴、貴島由香が順にゴールする。
その後に城華大付属の岡崎さん、三輪さんが続き、6位で紗耶がゴールした。
「まだまだ力不足だな。結局今回も聖香に勝てなかった。それも2種目も」
ゴール後、私の所にやって来て悔しいそうにする千鶴。
それをそばで聞いていた貴島由香は「でも、2種目とも2位だよね。十分にすごいと思うんだけど」と冷静に突っ込んでいた。
スパイクからシューズに履き替えみんなのところに戻る。
「さすが聖香さん。2種目制覇ってすごいですし」
紘子が笑顔で迎えてくれる。
私からすれば5000mで15分36秒で走った紘子も十分過ぎるくらいすごいのだが。
その後、スタンド前で行われる表彰式に出席し、賞状を受けとる。
表彰台の真上まで移動して来た晴美がカメラを向けるので、清水千鶴と貴島由香で笑いながらポーズを決める。
よくよく考えると、県総体と表彰式に上がったメンバーも順位もまったく同じことにこの時初めて気が付いた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻