風のごとく駆け抜けて
思いたったらくまもと曜日
人生二度目の熊本。やはり第一印象は蒸し暑いだった。
桂水市とは使っている空気そのものが違う気がする。
「一度来たから迎えはいらないでしょ。まさか、あれで道順を覚えてないとか言わないわよね」
あなたは空に住んでいる人ですか? と言いたくなるような、ものすごい上から目線で姉に電話越しで言われたのが数日前。
私も「いらないし」と強気で答えてしまった。
強気で答えたものの、いざ熊本に着くとかなり記憶は曖昧。
「あ、この道をずっと進めば姉の住むアパートだ」と確信出来る場所に出るまでに一時間近くかかった。
姉には到着時刻を伝えているのに、これだけ遅くなっても連絡のひとつもよこさない。
まぁ、電話して来て、「やっぱり迷子になったの?」と勝気で言われるのもムカつくが。
後少しで姉のアパートと言うところまで来たが、あまりの暑さに、コンビニでアイスクリームを買う。
アイスを口に入れ、元気を取り戻し、また歩き出す。
歩きながら、こっちはアイスの売り上げが桂水市より多いのではないのだろうかと真剣に考えていた。
姉のアパートに着くと偶然にも姉がアパートの前に立っていた。
迎えに来てくれたようだ。
「あれ? なんで聖香がいるの……。しまった! 来るの明日かと思ってた」
違った。どおりで遅くなっても電話が無いわけだ。
「まいったなぁ。明日と思って今から大学で実験入れてるんだよね。ごめん、三時間くらいアパートで留守番出来る?」
姉がポケットから鍵を出す。
それと同時に私も自然と言葉が出る。
「ねぇ、私も大学に行ってみたい。連れてってよ」
一瞬姉の動きが止まった。
じっと私を見ながらため息を吐く。
「いいわよ。でも荷物が邪魔でしょ? はい、309号室が私の部屋だから。玄関にいらない荷物置いておいで」
そう言う姉から鍵を受け取り、荷物を置きに行く。
姉のアパートから大学まではわずかに徒歩五分だった。
歩き出すと、小高い丘の上にお城のような建物が立っているのが見える。
それが姉の通う大学だと知り驚く。
高校とは規模が違う。
「まぁ、うちの大学はかなり大きいほうだからね。学生数も1万人以上いるんじゃないかな? 計算したことないけど」
そのあまりの数に驚いたが、さらに驚いたのは、坂を上り、入口まで来ると守衛さんがいたことだ。
「いや、別に普通じゃないの? 他の大学がどうかは知らないけど。都会だと高校とかでもあるんじゃない?」
説明しながら慣れた足取りで進む姉の後ろを、私はちょこちょこと付いて行く。
まるでカルガモの親子のようだ。
「卒研室に行く前に御飯を食べてから行こう」と言う姉の提案で、学食へ向かう。
学校の建物もそうだが、他のなにもかもが、私の知っている規模とはかけ離れていた。
この学食もとんでもない大きさだ。
いったい何人が同時に食事を出来るのだろう。
机の数を数えざっと計算しただけでも2000人は座れそうだ。
姉が言うには、これだけの規模でも昼休みはすぐに満席になるらしい。
「聖香、将来の目標とかは決まったの?」
生姜焼き定食を食べながら姉が私に聞いてくる。
私はスパゲティーをフォークでクルクル回しながら、高校の理科教員になりたいことを告げる。
「ふーん。じゃぁ、進路について半分程は決まったのか」
姉の一言に私は、思わず手を止めてしまう。
半分? いや、高校の理科教員になるってことで100パーセント決まっているのだが……。
それを姉に言うと、随分とあきれた顔をされた。
「聖香。どうやったら高校の先生になれるか知ってる?」
「教育学部に行って教員免許を取ればいいんでしょ? その後、採用試験を受けるのよね。それくらいは分かるわよ」
「ああ、そもそもが知らないのか。聖香、教員免許って教育学部以外でも取れるわよ?」
「え?」
またもや私の手は止まってしまう。
「教員免許って、資格だからね。一般大学でも必要な単位をすべて習得すれば貰えるのよ。私が通っている学部でも高校理科と中学理科の教員免許取れるわよ。現に卒業後教師になる人もいるしね」
これを寝耳に水と言わずしてなんと言うのだろうか。
教師になりたいと思い、成績を上げようと日々の勉強は頑張っていた。
大学も教育学部に行けば良いのだろうと思っていたので、詳しく調べていなかった。
それに永野先生が教育学部出身だったので、そこに疑問もなかった。
さらには、駅伝部のメンバーやクラスの友達には恥ずかしくて、教師を目指していることをまだ言っていなかったせいもあり、情報収集も出来ていなかったのだ。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻