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能登織 森永
能登織 森永
novelistID. 18299
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ゆめオち

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このままにしておくとこの人が、そして俺も危ない。
その狂気の矛先が俺に向いた時、多分それが俺の最期だ。
呼びかけることから始めよう。
「落ち着いてください!あなたが見ているのは幻だ!ここには何もいやしない!」
その時初めて男と目があった。彼の目は赤い筋を無数に浮かべていた。
「違うんだ!影が、影が!」
影?どういうことだ?
光源が見当たらないこの世界にも、不思議なことに光があった。
だから影ができる。それがどうしたというのだろうか。

・・・もしかすると。
彼は自分の影を怪物か何かと錯覚しているのかもしれない。
俺は、鏡に写る自分に怯える赤ん坊の様子を思い浮かべ、少し笑みを漏らしてしまった。
「大丈夫!あなたの影はどうもしてません!」
無駄を承知で呼びかけてみるが、もう俺の声は届いていないようだった。
まるで、誰もいない閉塞空間でもう一人の自分と戦っているかのように。

そうこうしてる間にも、距離は縮まってしまっていた。
まずいな、このままじゃ・・・。
もうやることは一つしかない。
自己防衛、という名の暴力だ。
俺は自分を守れるし、彼は正気に戻るかもしれない。原始的かつ最善の方法だ。

いよいよ残り10mぐらいまできた。
目の前から、言葉になることを許されなかった叫びが聞こえる。
初めてかもしれない。命の駆け引きというものは。
俺が今までやってきたのは、それの真似事でしかないと思うと、なんだかやるせなくなった。
同時に、こうやって命のやり取りが経験できることに興奮を隠しきれないでいた。
拍動の8ビート。顔が熱い。
俺はゆっくりと拳を引いた・・・。

大きな異変が起こるまでの秒数には、小数点が必要だった。
男の後ろに人影が、いや、影人と言った方が正確だろうか。
膨張した影が、男の後ろを覆っている。
「おい・・・!」

遅かった。全てだ、全てが遅すぎた。
男の胸から、黒い槍のようなものが突き出ていた。
生温かいべたつきが顔にかかる。
俺は、その時始めて、黒い血があることを知った。
まるで石油を掘り当てたみたいに、その肉体は血飛沫を吹き出していた。

俺の内心は確かに叫んだ。
『逃げろ』
しかし、何事もなかったはずの足は、いざという時に動こうとしてくれなかった。
ただの案山子。いや、外敵を追い払うことができない時点で今の俺は案山子にも劣っている。

ようやく、男の肉が地面に落ちた。
流れる血は、砂の渇きを潤していた。
その肉に目を向ける。
毛髪の黒、腹部の黒、眼球の黒。
もう一つの影になったその男は、明らかに即死だった。

奴には、影には顔がなかった。
そんな影が、俺を見つめている。
目はなくとも、奴は俺を見つめることができた。

相変わらず足は動かない。
影は、こちらへと移動を始めていた。
終わり。おわり。ヲワリ。
単語のリフレインがどうしても鳴り止んでくれない。

何故か、俺の頭が横を向く。意識したつもりがなかった。
・・・見覚えがある。
横には、どこから出現したのだろう、木刀があっな。
部活では当然使う機会がなかったが、部室に入るたびに、俺は木刀が目に入っていた。

何でここに木刀が?
そんなことを俺は考えなかった。
手が、木刀の方向に伸びている。
手が、木刀の柄をしっかりと握った。
俺が、木刀の刀身を、奴の方へと向けた。

恐怖はない。
殺されるという思いも、殺してやろうという思いもない。
ただ、興奮だけが巡る体内だった。
気がつくと、俺の体は、奴に向かって木刀を振り下ろそうとしていた。
作品名:ゆめオち 作家名:能登織 森永