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月まで届け、不死の煙

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「さあ、ここがこの国で一番月に近い場所」
 翁と媼は、晴れた夜空を見上げました。分厚い氷のように、冷たく、清らかな満月が白銀の光を放っています。かぐや姫の故郷が。
「これを。早く燃やしてしまいましょう」
 媼が、小さいツボを取り出しました。
「ああ、そうしよう。かぐやがいない今、こんな物になんの意味があるだろう」
 帝の家来が用意してくれた小さな焚き火に、媼はツボの中身をさらさらとこぼしました。
「あの、竹取の翁殿」
 帝の家来が少し緊張した声で訊ねました。
「そのツボの中身はなんなのだ? 翁殿は、道中何度尋ねても教えてはくれなかった」
「薬じゃよ。かぐやが月に帰るとき、自分を育ててくれたお礼にとくれた不死の薬」
「なんと……!」
 小さな焚き火からは、まるで絹糸のように細い煙が立ち昇り始めました。煙は高く高く雲間まで伸びていきます。はるか月にいるはずのかぐや姫に馳せた、翁と媼の思いを辿るように。
(かぐや……)
 閉じた翁のまぶたから、涙がこぼれ落ちました。
(かぐやや。年寄りの知識を侮ってはいけないよ。お前は何も言わなかったが、お前の正体は知っていたさ。魔物が罪を犯すと地上へ落とされるという言い伝えは本当だった。おそらく、許されるには七人の人間の魂が必要だという言い伝えも本当だろう。この火が消えたら、ばばと一緒にあの世へ向かおう。方法はいくらでもある。お前を殺させてなるものか。お前はかわいい私達の孫娘。かぐや……)

*竹取物語原作について
 かぐや姫が地上に来たのは、月で罪を犯したため。(具体的な罪状不明)大罪ではあるが情状酌量の余地があったらしく、刑がひどくなりすぎないよう、優しい竹取の翁のもとに選んで落とされた。月に帰る場面ではかぐや姫は和歌のやり取りをしていた帝に不死の薬を渡してから、地上での出来事を全て忘れる羽衣をまとい帰っている。失意の帝は、不死の煙を日本で一番高い山で焼き捨てた。それが富士山(不死山)の語源だとか。なお、この小説のタイトルは東方というゲームのBGMからいただきました。あまりにもぴったりだったので……
作品名:月まで届け、不死の煙 作家名:三塚 章