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稲妻

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いつだったか、覚えていない。そもそも覚えておこうと思ってもいなかったし、今もそれについては後悔もしていない。
健太が死んだのは僕らが仲良くなってから、そしてお互いの事を認め合い、話の弾力定数が上がり始めていた頃だった。だが僕は彼の葬式には行けなかった。行かなかったんじゃない。行けなかったんだ。そしてそのときの事を全く覚えていない。

さて、僕の身内には死んだ祖父を除いては身体の不自由な人はいない。祖父も生まれつきではなく、彼が社会人プロ野球選手を引退した後、鰹節の製造工場で働いていたときに機械に誤って指を入れてしまったからだ。その後、祖父は血だらけの右手をもう片方の手で抑えながら薬指を見つけ、病院でくっつけてもらったという。あいにく小指は見つからなかったので、彼の右手の小指には爪がない。僕が小さい頃、父にその事を訊いたときに得た情報だ。その一連の話は当時の私にとってはあまりにも超次元的で、脳にとってもまるで宇宙人が我が国に侵入したのかというほどの印象とともに今も僕の脳の図書館にはでかでかとその文章をプリントした紙が額縁によって飾られている。もちろん入り組んだ書庫の奥深くに。

僕は始めて身の不自由な人に出会った。そして、その人に恋をしてしまった。彼女には両足がない。君は経験した事があるだろうか。漫画で胸からハートが飛び出るようなときめき。夜、寝る前に考えるだけで体温が1度上昇してしまうような恋を。
稲妻に打たれたような衝撃の恋を。

昭泉高等学校は東京新宿区の高校にしてはグラウンドも広く、駅周辺もやたらとこじんまりとしていて、毎朝駅前の公衆便所近くにある石のベンチでは太陽光のせいで白髪の奥に隠れている皮膚が反射してるような老人が数人、集まっては将棋をしていた。彼らはかなり汚らしく、異臭がするのは便所なのか老人なのか結局卒業するまでわからなかった。
学校に向かう道にしてもショーウィンドウはさる事ながら美容院の一つもなかった。どうやって生計を立てているのか、はたまた繁盛する事に興味さえあるのかもわからないようなお好み焼き屋が一軒、多分昭和に作られたであろう女性が笑っている木製のマネキンを置いた婦人服屋。そして在学中にできた二世帯住宅の一階を利用した様子の動物病院。後はほとんど、家が立ち並ぶ。片側一車線の道路にしては割と広く舗装された歩道を学生は歩いて登校していた。二年生のときだ。
作品名:稲妻 作家名:東崎 雨也