小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

INDEX|38ページ/71ページ|

次のページ前のページ
 

「――何を信じろと言うの? あんなことをしてきたのに? 絶対に忘れない。絶対に許さない。悪魔祓い師なんて! 悪魔と何が違うというの!」
 魔導書から生まれたのは、半透明の灰色の球体だった。時折蒼い閃光を発するそれは、滑るように移動して二人の目の前で止まった。
 次の瞬間、世界が九十度傾いたかのような衝撃を味わった。音もなければ閃光もない。ただ感覚だけが回転したのだ。
 水平に落ちる。そう思った瞬間、左手を掴まれて?落下?をまぬがれた。視線を巡らせると、アルベルトが石床の隙間に剣を突き立てて、辛うじて踏みとどまっているのが見える。
 と、破壊されて散らばっていた石床の破片が、凄まじい勢いでこちらに転がってきた。幸い二人にぶつかることはなかったが、石は勢いを増しながら転がって灰色の球体に吸い込まれていく。
「なんだあれは!?」
 球体に取り込まれた一抱えもある大きな瓦礫が、すりつぶされるように粉々になった。小さな石ころも大きな岩も、球体に飲み込まれると砕かれ消滅していく。強い力で無理やり押し潰しているようだ。それに、強く引っ張られるこの感覚。
 重力だ。周囲のものを全部引き込んで押し潰す重力の塊だ。
 ティリーが得意とするのは火炎魔術と重力魔術。重力魔術に関しては力場を発生させることで防護壁に使うくらいしかやっていなかったが、こういう使い方もあるらしい。
「重力よ。あの中に落下したらぐちゃぐちゃに潰されるわ」
 リゼは剣を逆手に持ち変えると、アルベルトと同じように石の隙間に突き立てた。垂直の壁に剣一本でしがみついているような状態だ。しかも、重力はどんどん強力になっている。すでに天井は崩壊し、周囲の床はめくれあがって吸い込まれ、柱に絡み付いていた蔦が次々と引きはがされていっていた。このままでは吸い込まれるのも時間の問題だ。
 どうする? どうやって止める? また魔力をぶつけてあの重力球を破壊するか? いや、それは難しい。魔力量はともかく、ティリーの魔術の技法はリゼよりはるかに上だ。力技で敗れる程、安易な創りはしてないはず。思案している間にも重力はどんどん強くなり、球体の輝きが強くなる。さて、どうしたらいいか――
「リゼ、魔術は魔力の流れを乱せば消滅させることができるのか?」
 不意に球体を見つめていたアルベルトがそう言った。リゼはしばし考え、たぶんね、と答える。それを聞いたアルベルトは剣を握り直すと、自分の考えを告げた。
「・・・・・・なるほど。分かった。援護すればいいのね」
「ああ、頼む」
 リゼは目を瞑り、深呼吸した。魔術を使うのは簡単だ。しかし、維持するのは難しい。魔力という、元々物質ではないエネルギーを、物質に変えてこの世にとどめておかなければならないのだから。この重力球も、維持するには相当な魔力がいるはずだ。そして、強大であるが故にほころびも生じやすい。
『凍れ』
 意識を集中しそう唱えると、目の前の床からいくつも氷柱が発生した。必要な位置に創り上げられたのを確認した後、アルベルトが床から剣を引き抜き、重力に引かれて水平に落ちていく。しかし、自ら重力球に飲まれに行ったのではない。いくつもの氷柱を蹴って方向を変え、ある一点を探して移動していく。重力球に近い氷壁ほど引っ張られて崩れていくが、アルベルトはそれよりも速く走り、目的の場所にたどり着いた。
「至尊なる神よ。我に力を!」
 そう高らかに唱えて、アルベルトは重力球に剣を突き立てた。そこはアルベルトが見つけた魔力の流れが弱い場所。ここをつけば、この重力の魔術を四散すると考えたのだった。
 音のない衝撃が神殿内を駆け抜けた。予想通り、重力球は魔力の流れを乱されて崩壊し、はじけて消えていく。遠くでティリーが何か叫んでいたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。水平に引っ張る力が消え、重力の方向は元に戻っていく。しかし、破壊された重力球は、その身を構築する魔力を最後の最後に衝撃波に変えて辺りにまき散らした。
二人は各々身を守ったが、床や天井が衝撃波を受けて崩れていく。しかもすぐ下は空洞になっていたらしく、二人は崩れた床から空中に投げ出された。
 真っ暗な地下へ向かって。



「退治屋って何人かでチームを組むのが普通なんですか?」
 かなり長い時間、退治屋のことについて話していたような気がするが、シリルの興味は尽きることがないらしい。また新しい質問が飛び出したが、会ったばかりの頃にされた質問攻めほど苦にならないなとゼノは思った。自分の専門分野だからかもしれない。
「ああ。危険な仕事だからチーム組む方が安全なんだ。一匹狼を貫く奴もいるけどな。魔物の掃討となるとさすがに一人じゃ無理だし。仕事によっては他の退治屋と協力したりするよ。ピンで仕事をすることもあるけど、オレはずっとチーム組んで魔物退治してた」
 退治屋になってすぐキーネスと一緒に仕事を始め、退治屋として働くこと数年。他の退治屋と協力して仕事することは多かったが、一人で働くことは滅多になかった。そう、つい最近まで。
「でも、わたしと会ったときは一人でしたよね?」
「そうなんだよ。キーネスの野郎、ずっとチーム組んでたのに半年前ぐらいいきなり退治屋やめるとか言い出してそれ以来音信不通でさ。この間ザウンに行ったとき久しぶりに会ったんだよ。全く、退治屋になってからもずっと一緒に仕事してきた相棒に事情一つも話さねえなんて水くせえ――」
 十年以上の付き合いで。ずっと一緒に。退治屋になってから。ずっと、
(一緒に仕事をしてた。キーネスと――)
 雷に打たれたような衝撃が頭の中に走った。霧が晴れたように、水底に沈んでいたものが引き上げられ日の光を浴びたかのように、それは突如蘇ってきたのだ。
「・・・・・・ゼノ殿?」
 突然黙ったことを不思議に思ったのか、シリルがゼノの名前を呼ぶ。しかし、ゼノにその声は聞こえていなかった。たった今、気付いたこと――いや、思い出したことで頭が一杯だったのだ。
 戸惑うシリルを無視して、ゼノは踵を返した。向かうはずだった街道とは逆、禁忌の森の方へと歩いていく。どうして忘れていたんだろう。こんな大切なことを。
行かなければならない。あの場所へ。