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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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とある旅人の話


【ある少年の話をしよう】


 あるところに、一人の少年がいた。名前はアルベルト・スターレン。彼はとても貧しい農家の生まれだった。本当に貧しい家でね。蓄えなんて全くない。毎日毎日、実りの少ない畑を耕して、家畜の世話をして、山で野草をかき集めて何とか食べて行ける。そんなところさ。でも、両親は優しかったし、つらかったけど村の人達とも助け合って暮らしていた。この頃の少年は取り立てて賢い訳でも力があるわけでもないただの子供だったけど、それでも懸命に生きていた。
 ただ、一つだけ少年には普通じゃないところがあった。彼はね、普通の人には見えないものが視えたのさ。
 例えば、彼以外誰も姿を見たことがなく、いつもどこからともなく現れて、どこかへと去っていく人達。女性、老人、犬に猫、八歳ぐらいの男の子。彼が七歳になるまでの数年間、全く変わらぬ容姿でずっと傍にいた、もう生きてはいない幽霊(ひとたち)。
 あるいは、悪意を持った黒い影。鋭い角や牙を持つものや、蝙蝠のような翼を持つもの、複数の生き物が合わさったかのような妙な姿形をした異形の化け物。誰でも知ってるけど、誰もが視たことのないもの。それが彼の視ていたもの。悪魔さ。
 幽霊達は彼の味方だったけど、悪魔は違う。悪魔は人に取り憑く。取り憑いて人を殺す。見えないものが視える彼は、村の人達の何人かが悪魔に取り憑かれているに気付いていた。取り憑かれては、当人すら憑かれたことに気付かない。そうやってじわじわ生気を吸い取られて、最後は弱り狂って死んでいく。それが“悪魔に取り憑かれる”ということさ。
 助かる方法は一つだけ。教会に行って悪魔祓い師に悪魔を祓ってもらうことだ。それも出来るだけ早く。時間が経てば経つほど、悪魔を祓っても元に戻らなくなる可能性が高くなるからね。
 だから、少年は誰かが悪魔に取り憑かれるたびにそのことを周りに警告するようになった。悪魔が視えるのは彼一人。教えることでその人が少しでも早く悪魔祓いを受けられれば。そう考えたんだ。
 でも、子供だった彼は大切なことを理解していなかった。悪魔祓いを受けるためには神の真の信徒でなければならない。神の真の信徒とは神の教えを守る者。彼の故郷の村の者はその教えを守らない者ばかりだった。
なぜ守らないのか? だって彼らは貧しかった。毎日毎日働かなければ、生きていくことすらできないものばかりだった。そんな人達が、全ての労働を辞め、神に祈りを捧げる“祈りの日”の掟を、守ることなんてできやしないのだ。
 神の教えを守らないものはみんな罪人だ。他者の物を盗む者も、姦淫する者も、人を殺す者も、祈りの日に働く者も。罪人に悪魔祓いを受ける資格などないのだ。
 だから悪魔に取り憑かれたら最後、苦しみ悶えて死ぬしかない。そんな状況で悪魔に取り憑かれていると知った所で何の益があるだろう。あなたはもうすぐ死にますと言われて、どうして平静でいられるだろう。怖がられ、気味悪がられ、避けられるようになった少年は、いつしか警告することを諦めるようになった。何が視えても、何が分かっても、全て視て視ぬふりをして。だって何が視えたところで、子供の彼には何もできないのだから。
 けれど、彼は今でも悔やんでいるんだ。あの時教えていれば。気味が悪いと思われようともっと早く警告していれば。教えたところで助けられたわけじゃないと分かっていても、彼は思わずにはいられないんだ。
 教えていれば、両親は死なずに済んだのではないかと。

 それから彼はどうしたかって?
みなしごになった彼は、小さな町の教会の神父をしていた遠縁の親戚に引き取られたんだけど、そこである悪魔祓い師に会ったんだ。悪魔祓い師は彼の能力を知って驚いた。悪魔祓い師でも、悪魔の姿がはっきり視える人はほんの少ししかいないからだ。
 悪魔祓い師は少年を引き取ることに決めた。きっと優れた悪魔祓い師になるだろうと思ったからだ。少年も自ら進んでそれを受け入れた。

 少年は悪魔祓い師になりたかった。彼に出来るのはただ視ることだけ。でも悪魔祓い師になれば、悪魔に取り憑かれた人を救うことができる。両親のように、祈りの日に労働を止めないというだけで罪人と呼ばれる人達を救うことができる。悪魔祓い師になって救えなかった両親や村の人達の代わりに誰かを救えれば。そう思ったんだ。

 それから、少年は必至になって勉強した。家が貧しかったから学なんてまるでなく、自分の名前を書くのが精いっぱい。悪魔祓い師になる以前に学ぶべきことは山のようにあった。
 けれど彼は生来努力家だった。少し前まで、毎日働き続けなければ生きていけなかったのだから当然だ。彼は血の滲むような努力をして、青年と呼ばれる年齢になった頃、とうとう悪魔祓い師の資格を手に入れた。

 悪魔祓い師になって、彼は積年の夢を叶えようとした。貧しいが故に罪人と呼ばれる人達を助けることだ。彼にとって大切な夢。なんとしてでも、叶えるつもりだった。いや、慈悲深いと謳われる神に、その僕たる教会に、きちんと訴えれば聞いてくれないはずがないと思っていた。

 でもね、教会は聞いちゃくれなかった。どんな事情があろうと罪人は罪人。神の教えを守らないのに困った時だけ縋ろうとする者。神に従わない者に救われる価値はないとね。
 それでも彼は訴え続けた。何度も何度も訴え続けた。いつか全ての罪なき罪人が、悪魔の憑依から救われることを信じて。

 そんな時、出会ったんだ。
 悪魔に取り憑かれた人を、罪人をも分け隔てなく癒す“救世主”に。