烈戦記
それに恥じぬ程度には名声を掴んでもらわねばいかん。
だから、たからこそ今度の計画はとてつもなく完璧じゃ。
第二次蛮族討伐軍をワシが直々に率いて蛮族の地を平定する。
そういう作戦じゃ。
じゃが、それはあくまで名目で今回は一旦失敗させる。
本格的な平定は第三次からじゃ。
わざわざ一回失敗させるのはまず邪魔な奴らを消すため…。
その為にまずワシの率いる本隊に豪統、それからもう一人の憎き邪魔者、洋班を散々邪魔してくれたと聞いている凱雲を部隊両翼に従軍させる。
洋班と黄盛は本陣である陵陽関。
そして主戦場とは別の所にあるもう一つの拠点に豪統の餓鬼を一人で配した。
何故こうしたかと言うと、まず餓鬼のいる拠点は本来僻地であり、我が陵陽関にもそれ程遠くない場所に位置する。
つまりワシらにしてみれば本陣近くであり、敵からしたら相当敵勢力下に食い込んだ場所なのじゃ。
だから本来なら狙われない、または狙われてもこちらからすれば本陣近くで援軍を直ぐに寄越せて安全、敵からすれば撤退の効かない危険な地帯じゃ。
だが、だからこそ仮に、万が一にもここが敵に攻められ落ちるような事があればそれは主戦場へ向かう我が本軍が危険に晒されるばかりか、本陣にして辺境の最重要防衛拠点である陵陽関すら危険に晒され、それは同時に本土への危険にも繋がる。
つまりは最も安全であると同時に、最も責任のある拠点なのじゃ。
しかも今回は上手いこと餓鬼を唆す事ができたおかげでこの拠点の防衛役は餓鬼の志願という名目でやらせる事ができた。
当然、万が一の事態を切り抜けるだけの兵力などは主戦場の戦略価値を理由に餓鬼の拠点には渡してはいないし、餓鬼さえ失敗してくれれば後は本陣にいる洋班と黄盛にそれを十分に奪還しえる兵力を渡してある。
…といっても全体の兵力から本陣に必要以上に割いたのでは豪統共が騒ぐから、前もってワシが陵陽関に着く前に秘密裏に会都からの派兵軍を前軍、後軍に分けておいて、後軍には時間差で陵陽関に着くように命令してあったのじゃ。
だから今頃陵陽関には豪統共の知らぬ温存兵力があるのじゃ。
『くっくっく…』
まったく、ワシの知略とは恐ろしいものよ…。
仮に事が終わった後でこの事を咎められても、奴らは自分らの餓鬼の志願で重要拠点を紛失するんじゃ。
そればかりか先に述べた重責の責任もあるからいくら騒がれた所で餓鬼やその親、そしてその部下も纏めて合法的に消し去る事ができる。
そう思うと今から奴らの怒りと悔しさで顔を真っ赤にさせている姿が目に浮かんで笑えてくるわ…。
ん?
なに?
餓鬼の拠点に敵が来なければ意味が無いじゃと?
『はっはっはっはっはっ!』
なーに、安心せい。
ワシはそういう一か八かの賭けは嫌いなんじゃ。
いつだって地道に、そして堅実に生きてきたんじゃ。
抜かりは無いわ。
情報は既に売ってある。
それも飛び切りの上物をな。
『くっくっく…』
さぁ、戦はもう間近じゃ。
いや、戦ではない。
あくまで下ごしらえの時間じゃ。
あとは願わくば餓鬼がそのまま敵に殺されず、おめおめ逃げ帰って来て尚且つ豪統共が主戦場から離脱でもしてくれれば最高の形になる。
そうすれば一旦ワシらは 奴らの敵前逃亡 を理由に悠々と退却でき、尚且つ重要拠点を敵に手放しておめおめ逃げ帰ってきた情けない豪統の餓鬼の汚名と、それの尻拭いをし、拠点を取り返した我が息子の名声を同時に比べて世に知らしめる事ができる。
比べる相手がいればそれだけ先の失態の汚名も簡単に返上できようぞ。
『がっはっはっはっは…ん?』
おっと、考え事をしているうちにいつの間にか兵達との距離が開いていたようじゃ。
はたから見ればワシ一人が軍から突出しているように見える。
…しかし、そんなに早く馬を歩かせていたかの?
そもそも、仮にそうであっても将に行軍を合わせるのが兵というものじゃろうに。
まったく、戦前だというのに情けない。
『貴様ら!行軍が遅れておるぞ!何をしておるか!』
『は、はいぃ!』
まったく…。
ぞろぞろと兵士共が再びワシの真後ろに列を整える。
心なしか前列の兵士共は顔が引きつっているようにも見えるが、まぁ気のせいじゃろう。
『ん?』
そして丁度よく前方からは味方の斥候達の走ってくる姿が見えた。
その後ろを良く見れば敵陣の柵らしきものが見てとれる。
どうやらそろそろのようじゃ。
『ふむ…』
だが、本来ならここで軍の歩みを止め戦前の鼓舞の一つはする所なのじゃろうが本戦で無いと知っている分気が乗らない。
ようは面倒なのじゃ。
だから今回は無しとしよう。
そうしよう。
仮に今更不自然だと奴らに思われた所で何もできまい。
『…くくっ』
いかん。
またにやけてしまう。
ワシはこのにやけを誤魔化すように雲一つない空を見上げた。
空はそれはもう長閑に晴れ渡っていた。
やはり、天は今ワシの味方じゃ。
そうワシは確信し、再び前方から走ってくる斥候達とその後ろの敵陣を見据えた。