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烈戦記

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第五話 〜討伐令〜







どうしてこうなってしまったのだろうか。
不安定な世の中の為に離れ離れになっていた親子。
親も子も互いに寂しさを押し殺し、いずれ来るであろう再開の日を待ち望んだ。
私は豪統様の側にいたから良くわかる。
主が抱える自分の子でありながら自分の手で育ててやれない罪悪感と切なさを。
そして豪帯様の関でのお目付役をやっていたからわかる。
豪帯様がそんな父の気持ちを察し、どれだけ必死に幼少の頃より涙を押し殺してこの来たる日を待ち望んでいたのかを。
そんな互いが互いの状況を理解し合い、大切に思う姿に周りは皆私も含め願っていた。
幸せになって欲しいと。
そして確信していた。
幸せになるだろうと。

…しかし、実際はどうだ。
感動の再開を果たした二人を待っていたのは更なる受難…。
片や父は顔や身体中に痣を作り、片やその子は今私のすぐ後ろを虚ろな目で弱々しく歩いている…。
いったい誰がこんな状況を予想できたのだろうか。

そしてこの状況を作り出した受難…烈州州牧洋循の第二子、洋班。
彼…いや彼ら家族の噂は耳にしていた。
州牧である洋循は戦時に零と対峙したこの州の元国、烈の将であり、長引く戦を内部の工作活動…裏切りによって終焉えと導いた功績で、この州を一旦に任せられた人間。
当時軍部では自国を裏切った者を州牧に据えるのに反対した者もいたが、零にはまだまだ敵が多く、烈州に時間を割ける時間がなかった事から"一時的に"烈州出身であり、裏切り者ではあるが功労者でもある洋循に白羽の矢が立った事になっていた。
しかし、その選択は公正とはかけ離れた世界をこの地に生んだ。
最初は大人しくしていた洋循だったが、戦後都では政治の中枢であった姜燕様の死によって混乱が生じ、洋循はその機に乗じて主要な地にいる本国からの官士を追い出し始めた。そして空いた場所には自分の親族や息の掛かった部下を配し、独裁を欲しいままにしていた。その独裁下では税は重く民にのしかかり、反抗の意思がある者を徹底的に排除されてきた。
しかしそれはあくまで烈州の首都周辺の事であって、この関の様な僻地には権力者が欲しがる旨みなど無いに等しい場所にとっては関係無い話しであった。
当然無用な動きを見せなければ権力者が絡んで来る事は無い。
だが、その権力者の子が現れてしまった。
理由はまだわからない。

『…凱雲』

か細い声で名前を呼ばれる。
振り返ろうとした時、自分の袖の辺りに違和感を感じた。
その違和感の正体はすぐにわかった。
豪帯様が袖の端を握っていた。
しかしそれは腕を動かすだけで離れてしまう程弱々しく握られていた。
それが痛々しく、振り返えるのを躊躇してしまった。

『…ごめんなさい』

唐突な謝罪。
だが、私は豪帯様の言わんとしている事が理解できた。
彼は人一倍我は強いがそれと同じくらい自分のした事への罪悪感も強い。

『…僕があいつに逆らわなければこんな事に…っ』

気付いた時には豪帯様の小さな体を抱きしめていた。
…謝るのは私の方だ。
何もしてやれない。
ここで我が命を張った所で所詮できる事は限られている。
人一人くらいなら容易く殺める事もできる。
だが、その父や州となると話は別だ。
兵を挙げれば抗う事は可能だ。
だが、それは同時に私の周りの全てを巻き込むという事。
何より我が主、豪統様がそれを望んでおられない。

昨日日が沈み掛けた頃、私の部屋に豪帯様が来た時は驚いた。
戸が騒がしく叩かれるものだから開けてみれば、顔中を涙で濡らした豪帯様が私にしがみつき必死に謝罪の言葉を言いながら泣き続けられるのだ。
理由を何とか聞き出した時は血の気が引いた。
まさかと思った。
駆け付けた時には既に豪統様は全身に傷をおいながら床に伏しておられた。
その豪統様の頭に足を乗せて罵り続ける洋班を見た時は私は冷静さを失ってしまった。
一喝の元叩き斬ってしまおうと思ったが伏せていた主がそれに気付き静止されてしまった。
そして主に駆け寄った時言われてしまった。
"決して早まるな"と。

私は一言命令して下されば例え州であろうが国であろうが豪統様の為に命を捧げる覚悟はある。
だが、その豪統様に私は早まるなと言われてしまった。
私が豪統様の意向を無視する事は決してあってはならない。
そう、あってはならないのだ。

そしてもう一つ言われた。
"息子を頼む"と。

『…豪帯様、大丈夫です。私がついております』
『…うぅ、ひっく、ごめんなさい…うぅ…ッ』

私に抱かれながら体を震わせ泣くこの少年に対して私がしてやれる事は"大丈夫"と根拠の無い言葉を掛けてあげるだけ。
なんて無力なんだ。
しかし、いつまでも泣かせたままではいけない。
今私達二人はあの洋班に呼び出しを受けている身。
もし少しでも待たせてしまったらあのガキの事だ。
きっと権力で更なる災いを招くだろう。
それだけは避けなければいけない。
主が為、そして豪帯様が為に。

『…豪帯様、そろそろ』
『…』

豪帯様が無言で頷かれる。
ふと見えた目には力が篭っていなかった。
…いったいどうしてこうなってしまったのか。



『おう、随分と待たせてくれるじゃねえか』

政庁には既に洋班と豪統様がおられた。
だが、本来豪統様がいるべきはずの上座には洋班が座っていた。
右手には酒杯が握られている。
そしてその隣に侍らずように部下と共に豪統様は並べられていた。
顔中の痣は青くなっており昨夜部屋にお連れした時よりもさらに痛々しく見えた。
自然と拳に力が入る。

『酒はまずいわ部下は上役を待たせるわ…やはり無能な人間の下にいる奴らは使えない奴らばかりだな。なぁ?』
『…申し訳ございません』
『あ?』

ドカッ

『…ッ!』

豪統様は額に酒杯が投げ付けられ膝をついた。
隣にいた部下達は心配そうに寄り添う。
私は今殺気を隠しきれているのだろうか。
なんとしても主の命は遂行せねば。

『と、父さん!』
『ん?』

私の後ろにいた豪帯様が姿を出した。

『おぉ、呼んだのに姿を見せないからてっきり逃げたと思ったが。まさか武官の後ろに隠れていたのか。はははっ』
『…ッ』
『あ?なんだその目は』
『あ、いや、ちが』
『お前はまだ自分の立場がわかってねぇようだな』
『洋班様』
『あ?』

洋班が腰をあげた所を静止させた。
不味い酒で気だるくなる程酔ったこの男を豪帯様に近づける訳にはいかない。
豪帯様は私の後ろで震えていた。

『お酒の方はその辺りでおやめになられた方がよろしいかと』
『…お前、昨日はよくも恥をかかせてくれたな』

昨日の恥…。
多分昨夜の宿屋での出来事だろう。
いつの間にか部屋から姿を消していたあたり、たかが喝の一つで部屋から逃げ出したのだから軍人、もとい男としては恥も恥だろう。
だが、その事を根に持ち、権力を傘にして威嚇してくるあたり自分が周りからどれほど滑稽に見えるのかはわかっていないようだ。
本人は気付いていないが周りの兵士達の顔色を見る限り、昨夜の噂は大分まわっているようだ。
洋班は続けた。

『お前は昨日俺に対して何をしでかしたかわかっているんだろうな?』
『はい、十分存じております』
『なら、覚悟はできているんだろうな…?』
作品名:烈戦記 作家名:語部館