冥作戯場『新釈:白雪姫』
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだれ?」
「それは白雪姫である。」
「なんと……っ!断じて許せぬ。」
王妃は白雪姫の心臓を手に入れるようにと、国中の狩人に命じましたが結局は不首尾に終わりました。
ついには王妃自身が醜い物売りに扮して、白雪姫を殺そうと森へ這入っていきました。
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無垢か、無知か、あるいはその両方なのか。白雪姫は王妃の謀略とも知らず毒林檎を口にしてしまいます。呻き声ひとつあげず白雪姫は倒れてしまいました。
そこへ彼女と共に暮らす小人たちが戻ってきました。死んでしまった白雪姫をみつけ小人たちは嘆き悲しみます。
そして彼女をガラスの棺にいれ弔おうとしました。
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その時、森を彷徨っていた王子に出くわしました。
「おお!なんと美しい。黒檀のような髪に、雪のように白い肌。もしやこの少女こそが世界一の美貌と謳われし、かの白雪姫ではないかしら」
「いかにも白雪姫その人でございます」
「この少女、私がもらおう」
王子は白雪姫を抱き上げ、馬にまたがって駆けてゆきました。
その様子を物陰からうかがっていた王妃も、すかさずふたりのあとを追いました。
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深い森の中で、王子は馬を止め白雪姫を横たえました。そして血の気の失せた彼女の唇にキスをしました。
王子は己の色情が昂るのを感じました。
白雪姫の衣服を脱がせ、また自身も一糸纏わぬ姿になりました。
木々のざわめきやけものたちの息遣いが響くほかには、あたりは静まり返っていました。
その中で歪に絡まりあった肉体が、グロテスクに蠢いていました。
***
王子が利己的な愛欲を打ちつける度に、白雪姫の体が揺り動かされました。
やがてそのはずみで、白雪姫のノドから林檎の欠片が飛びでてきました。
すると白雪姫の肌にはやわらかな赤みが差し、瞳に輝きがもどりました。彼女は生き返ったのです。
***
その様子を見ていた王妃は驚愕します。
「まさかまたもや死をかわすとは!美しさこそ至上にして唯一の価値観とするこの私が、醜い老婆の姿に身をやつす屈辱を味わってまで、毒を盛ってみせたというのに……!」
ぼろを纏った哀れな王妃は、わなわなと震えながら咽び泣きました。
その存在に気づいた王子は王妃に声をかけました。
「貴女はもしや王妃様ですか。醜く老いてはいるもののどこか面影がある。たしか白雪姫の心臓をご所望とのお話を耳にしました。」
王子は自分の荷から短剣をとりだし、白雪姫の心臓めがけて振り下ろしました。
彼女の胸からは真っ赤な血が吹き出しましたが、王子はなおも短剣を突き立てて、小さな心臓を抉り出します。
「欲しいのならば差し上げます。どちらにしろ白雪姫には必要のないものですから。」
そう言って王妃に心臓を手渡しました。
「雪のごとく白く冷たい純潔の肌を赤く濁らせる血など、この少女の美しさを穢すものでしかありません。生きている彼女にはなんの価値もないのです。」
王子は白雪姫に頬ずりをしながら嬉しそうに言いました。
「ほらまた、だんだん冷たくなっていく。」
***
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだれ?」
「雪よりも白く冷たい、白雪姫である。」
作品名:冥作戯場『新釈:白雪姫』 作家名:Syamu