Grass Street1990 MOTHERS 完結
37
俺は高木、渡辺の向かいのソファに腰を下ろした。色の趣味は悪くないのだが、やや柔らかすぎる。腰痛持ちの俺には一時間が限度のソファだ。
「うかがいたいことがあります。」
俺は強い調子でこう言うと、立っている川本に言った。
「お前も座れよ。」
川本は不満気に立ったまま俺を見た。
「いいから座れ。大事なことや。」
川本はふてくされながら、俺の横、高木の正面に座った。俺はそれを確認してから、高木に向かって口を開いた。
「今晩、僕は琥珀、PSと、2軒の店で命の危険を味わいました。そういうわけで精神的に気を遣っている余裕がないですから、失礼なことを直接うかがいます。」
高木は、無表情のまま微笑んだ。難しいことをする人だ。
「14年前、あなたの家族に不幸がありましたね。旦那さんが、他の女性の夫に射殺されるという。」
高木は優しい目で川本をみつめた。そして、ゆっくりと、俺を諭すように、言った。
「この子や、PSのママさんが悪いわけじゃありませんわ、あの人が悪いんです……銃を使った谷岡さんにしても、ママさんを守ろうとしてのことですし……」
「……おばさん、違うの……ホントは……私が……」
川本の台詞を聞いて、高木の目に、少しだけ怯えの色が見えた。隣の渡辺は、何だかわからないといった顔で、俺とは目を合わさないようにしながら、小さな銀色のライターをいじくっていた。
「……まさか、」
「変ですよね、それは、」
俺は身を起こして言った。
「本当よ!」
川本の声は少し裏返った。
「私、覚えてる……私が……輝久君のパパを……それは、この額の傷が証拠じゃないの、撃った時、反動で銃が当たって……私……痛くて、血が出て泣いたのも覚えてるの……」
渡辺は驚いて口を半開きにしている。
「変なのは、」
俺は川本を見ないで言葉を続けた。
「……14年前、川本は4歳だったということなんです……拳銃を武器だと知っている4歳の子供というのが僕にはどうしても信じられない。例えおもちゃのようなつもりで知っていたとしても、どうして、こんなものが4歳の子供に発射できますか?」
俺はポケットから、小さな銀色の銃を取り出して、テーブルに置いた。渡辺は身を乗り出し、高木は、ほんの少しだったが身を引いた。
「川本がその時撃ったのはこれかも知れません。この銃は平田芳美の指示で、高木輝久を通してこの子に渡されました……こういう台詞を付けてです。『昔のように、また頼む。』」
高木は、表情を変えなかった。俺は少し不安になった。彼女は俺よりずっと上手なのかも知れない……
……だが、ここまできてしまった……続けよう。
「さっき彼女は琥珀で、僕を助けるためにこの銃を使いました。僕もその後PSで、生まれて初めて銃というものを撃ちました…
…誰にも当たりませんでしたよ。こんな小さな銃ですら、素人が撃って当たるものじゃない。僕はPSのカウンターの、下から2段目の棚を狙ったんですが、反動で上を向いて、2つ上の棚に当たりました……
……川本、答えにくいかもしれんが、あの時、俺を助けようとした時、お前は平田時江を狙ったのか?」
川本は一瞬身体を震わせてから、答えた。
「……よっちゃんのおばさんの、持ってたピストル……」
「この子はさっき、僕を助けるために、琥珀でとっさに平田時江を撃ちました。当たったのは、時江の顔の、すぐ脇のボトルでした。もう一つ聞くぞ、川本、14年前、お前は誰かを銃で撃った。覚えてるか、例えば、前には誰がいた?」
「……ママと……わからない……」
「じゃあ後ろでもいい、横でもいい。人はいなかったか?」
この自分の言葉に、また何か引っかかるものがあった。
……後ろに……なら……
「……覚えてない……誰かが、助けて、みたいなことを言った……」
……何だろう?
「誰かが血を流して倒れてる、みたいなことは?」
「……ううん……」
「平田時江が言ったな……同じように頭を撃った、って……覚えがあるか?」
「……」
「この銃だったか?」
「……わからない。」
「お前、その時以外で銃に触れたことはあるか?」
川本は一瞬、高木明子を見てから言った。
「……わからない……」
「高木さん、」
俺は銃を手に取ってから続けた。不本意ではあるが、持っていると落ち着く。
「あなたはさっき僕の仲間に、こう説明しましたね、『自分の夫が、川本昌美を娘の前で銃で脅し、襲おうとした。そこへ谷岡が入っていって、もみあっていて撃ち殺してしまった』と。
ところが、この川本は幼い頃、確かに銃を撃った記憶があると言っている……この子の母親も、それを認めている。さらに、それを隠し通すために、この子の母親は、本当かどうかは知りませんが、そのことに気付いた平田芳美に危害を加えようとした……
ということは、あなたの夫の事件の時に、川本が銃を撃ったのかもしれない……
川本の母親は、平田芳美に追及された時、変なことを言いました。『高木と私と……いいえ、高木と私がもみあっていて、銃がこの子の前に落ちたので撃った』
高木と川本昌美と……もう一人いたような言い方です……いったい誰がいたんでしょう。
僕にはわからなくなったんです。本当のところはどうなのか……本当は、誰が、あなたの夫を殺したのか……」
高木は少しの間目をつぶってから答えた。
「私にはわかりません。」
「僕にはそんな台詞は信じられません。それは、嘘です。」
「……先生……」
川本が、高木をかばうような声で俺に言った。
「私が撃ったの。だから、今夜のこと……輝久君が死んだのも、みんな私のせいなの。」
だから、俺には信じられないのだ。
高木明子ただ一人が、あまりにも『いい人』すぎる。
そんなことがありえるのだろうか?
「高木さん、今晩僕が出会った関係者はみんな、14年前、はっきりした記憶のあるはずの年である石川も、谷岡も、平田時江も、川本昌美も、揃ってこの川本良美があなたの夫を銃で撃ったと言っています。
あなただけなんです、かわりに償ったという谷岡を犯人だと言っているのは。親達は、そうでない人もいましたが、必死になってこの子が撃ったことを隠していました。谷岡が犯人だという作り話までして。
けれど、それは、平田芳美という、20歳そこそこの子がちょっと頭を働かせればバレてしまうような話だった。
そんなことを、最も真実を知りたいだろう立場の、つまり被害者の妻だったあなたが知らないというのは僕には信じられない。
あなたが目をつぶって事実から目をそむけていたのか、それとも何か考えがあってわざとそんなことを言っているのか……
……僕には後者のような気がしますけどね……」
「……」
「渡辺さん、」
俺は渡辺の方を向いた。はっきり言って高木は手強い。あまりにも。だから、崩すならこっちだ。
「高木さんはわかってると思うけど、さっき僕の仲間がここに来て言ったことを訂正しておきますよ。」
「……え?」
「平田芳美は生きています。」
「……え? ……じゃあ……あ……」
俺は高木、渡辺の向かいのソファに腰を下ろした。色の趣味は悪くないのだが、やや柔らかすぎる。腰痛持ちの俺には一時間が限度のソファだ。
「うかがいたいことがあります。」
俺は強い調子でこう言うと、立っている川本に言った。
「お前も座れよ。」
川本は不満気に立ったまま俺を見た。
「いいから座れ。大事なことや。」
川本はふてくされながら、俺の横、高木の正面に座った。俺はそれを確認してから、高木に向かって口を開いた。
「今晩、僕は琥珀、PSと、2軒の店で命の危険を味わいました。そういうわけで精神的に気を遣っている余裕がないですから、失礼なことを直接うかがいます。」
高木は、無表情のまま微笑んだ。難しいことをする人だ。
「14年前、あなたの家族に不幸がありましたね。旦那さんが、他の女性の夫に射殺されるという。」
高木は優しい目で川本をみつめた。そして、ゆっくりと、俺を諭すように、言った。
「この子や、PSのママさんが悪いわけじゃありませんわ、あの人が悪いんです……銃を使った谷岡さんにしても、ママさんを守ろうとしてのことですし……」
「……おばさん、違うの……ホントは……私が……」
川本の台詞を聞いて、高木の目に、少しだけ怯えの色が見えた。隣の渡辺は、何だかわからないといった顔で、俺とは目を合わさないようにしながら、小さな銀色のライターをいじくっていた。
「……まさか、」
「変ですよね、それは、」
俺は身を起こして言った。
「本当よ!」
川本の声は少し裏返った。
「私、覚えてる……私が……輝久君のパパを……それは、この額の傷が証拠じゃないの、撃った時、反動で銃が当たって……私……痛くて、血が出て泣いたのも覚えてるの……」
渡辺は驚いて口を半開きにしている。
「変なのは、」
俺は川本を見ないで言葉を続けた。
「……14年前、川本は4歳だったということなんです……拳銃を武器だと知っている4歳の子供というのが僕にはどうしても信じられない。例えおもちゃのようなつもりで知っていたとしても、どうして、こんなものが4歳の子供に発射できますか?」
俺はポケットから、小さな銀色の銃を取り出して、テーブルに置いた。渡辺は身を乗り出し、高木は、ほんの少しだったが身を引いた。
「川本がその時撃ったのはこれかも知れません。この銃は平田芳美の指示で、高木輝久を通してこの子に渡されました……こういう台詞を付けてです。『昔のように、また頼む。』」
高木は、表情を変えなかった。俺は少し不安になった。彼女は俺よりずっと上手なのかも知れない……
……だが、ここまできてしまった……続けよう。
「さっき彼女は琥珀で、僕を助けるためにこの銃を使いました。僕もその後PSで、生まれて初めて銃というものを撃ちました…
…誰にも当たりませんでしたよ。こんな小さな銃ですら、素人が撃って当たるものじゃない。僕はPSのカウンターの、下から2段目の棚を狙ったんですが、反動で上を向いて、2つ上の棚に当たりました……
……川本、答えにくいかもしれんが、あの時、俺を助けようとした時、お前は平田時江を狙ったのか?」
川本は一瞬身体を震わせてから、答えた。
「……よっちゃんのおばさんの、持ってたピストル……」
「この子はさっき、僕を助けるために、琥珀でとっさに平田時江を撃ちました。当たったのは、時江の顔の、すぐ脇のボトルでした。もう一つ聞くぞ、川本、14年前、お前は誰かを銃で撃った。覚えてるか、例えば、前には誰がいた?」
「……ママと……わからない……」
「じゃあ後ろでもいい、横でもいい。人はいなかったか?」
この自分の言葉に、また何か引っかかるものがあった。
……後ろに……なら……
「……覚えてない……誰かが、助けて、みたいなことを言った……」
……何だろう?
「誰かが血を流して倒れてる、みたいなことは?」
「……ううん……」
「平田時江が言ったな……同じように頭を撃った、って……覚えがあるか?」
「……」
「この銃だったか?」
「……わからない。」
「お前、その時以外で銃に触れたことはあるか?」
川本は一瞬、高木明子を見てから言った。
「……わからない……」
「高木さん、」
俺は銃を手に取ってから続けた。不本意ではあるが、持っていると落ち着く。
「あなたはさっき僕の仲間に、こう説明しましたね、『自分の夫が、川本昌美を娘の前で銃で脅し、襲おうとした。そこへ谷岡が入っていって、もみあっていて撃ち殺してしまった』と。
ところが、この川本は幼い頃、確かに銃を撃った記憶があると言っている……この子の母親も、それを認めている。さらに、それを隠し通すために、この子の母親は、本当かどうかは知りませんが、そのことに気付いた平田芳美に危害を加えようとした……
ということは、あなたの夫の事件の時に、川本が銃を撃ったのかもしれない……
川本の母親は、平田芳美に追及された時、変なことを言いました。『高木と私と……いいえ、高木と私がもみあっていて、銃がこの子の前に落ちたので撃った』
高木と川本昌美と……もう一人いたような言い方です……いったい誰がいたんでしょう。
僕にはわからなくなったんです。本当のところはどうなのか……本当は、誰が、あなたの夫を殺したのか……」
高木は少しの間目をつぶってから答えた。
「私にはわかりません。」
「僕にはそんな台詞は信じられません。それは、嘘です。」
「……先生……」
川本が、高木をかばうような声で俺に言った。
「私が撃ったの。だから、今夜のこと……輝久君が死んだのも、みんな私のせいなの。」
だから、俺には信じられないのだ。
高木明子ただ一人が、あまりにも『いい人』すぎる。
そんなことがありえるのだろうか?
「高木さん、今晩僕が出会った関係者はみんな、14年前、はっきりした記憶のあるはずの年である石川も、谷岡も、平田時江も、川本昌美も、揃ってこの川本良美があなたの夫を銃で撃ったと言っています。
あなただけなんです、かわりに償ったという谷岡を犯人だと言っているのは。親達は、そうでない人もいましたが、必死になってこの子が撃ったことを隠していました。谷岡が犯人だという作り話までして。
けれど、それは、平田芳美という、20歳そこそこの子がちょっと頭を働かせればバレてしまうような話だった。
そんなことを、最も真実を知りたいだろう立場の、つまり被害者の妻だったあなたが知らないというのは僕には信じられない。
あなたが目をつぶって事実から目をそむけていたのか、それとも何か考えがあってわざとそんなことを言っているのか……
……僕には後者のような気がしますけどね……」
「……」
「渡辺さん、」
俺は渡辺の方を向いた。はっきり言って高木は手強い。あまりにも。だから、崩すならこっちだ。
「高木さんはわかってると思うけど、さっき僕の仲間がここに来て言ったことを訂正しておきますよ。」
「……え?」
「平田芳美は生きています。」
「……え? ……じゃあ……あ……」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 完結 作家名:MINO