らくがき
小一時間も経っただろうか。
ボクは、万年筆にキャップをし、キミを振り返り見た。
静かなキミは、寝ているのかと思ってみれば、なにやら紙を広げて悪戯書きの最中だった。
「なにかいてるの?」
「いてへんなぁ〜」
ボクの言った言葉の切り目を捉えてキミが切り返してきた。こういった面白さもキミの魅力なのかなぁ。
「はぁ……どうして関西弁なの? 何書いてるの? ねえ見せてよ」
にゃぁっ!と紙を押さえるキミよりも早く卓袱台の上のキミが書いていた紙を取り上げた。
お菓子の包装紙の裏に書かれていたのは、キミが創作した言葉のようだ。
「らくがき? 詩?」
「だめだめぇ〜」
背の低いキミが 手を上げたボクが握っている紙に届くわけはない。
跳ね飛び、懸命に取り戻そうとして、何度もボクの体にキミがぶつかってくる。
取り戻すことを諦めたキミは、敷物に座り込んだ。
キミは、口元を両手の掌で押さえたまま、ボクを見上げ、顔色を伺っていた。
キミの字は、癖のないきれいな文字だった。
ボクはそれを見て、この文章も大切に読まなくてはと 何となく思った。
【てるてるぼうずの恋】
雨だれたちは、うわさ話が大好き
しとしと、ぴちゃーん ねえねえ 知ってる?
しとしと、ぴちゃーん なになに 知らない
いくつも生まれては、消えてゆく言葉
しとしと、ぴちゃーん あの子が 恋をしたんだって
しとしと、ぴちゃーん だれだれ 恋したあの子って?
大きな雨つぶ 小さな雨つぶ ふりつづく雨
しとしと、ぴちゃーん 軒下の てるてるぼうず
しとしと、ぴちゃーん だれだれ 誰に恋したの?
ゆっくり たっぷり 落ちてゆく雨だれ
しとしと、ぴちゃーん 雨の日見かけた 青い傘
しとしと、ぴちゃーん そんな 哀しい恋したの?
雲がきれて 空が あかるくなってきた
しとしと、ぴちゃーん てるてるぼうずは 晴れの天使
しとしと、ぴちゃーん 雨がやんだら もう逢えないね
雨上がり 雨だれたちのおしゃべりは終わる・・・
雨上がり てるてるぼうずの頬に 雨粒がきらり・・・
紙の端っこに てるてるぼうず と 傘のイラスト。
雨粒の形が 行間や余白に 描かれていた。