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冥作戯場『新釈:あかいくつ』

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 「わたし、赤色のくつがいい。」
 「そうね。女の子らしくていいじゃない。」
 「このくつなら、もう立ち止まることはないわ。」
 母にねだって買ってもらった赤いくつは、少女にとって一番のお気に入りになった。

 ***

 少女は踊ることが大好きだった。
 誰に教えられたわけでもないのだが、物心ついたときからリズムをとりステップを踏んだ。
 周囲の大人たちは驚いていたが、当人は平然としていた。
 「マリオネットが思う様に動くのは当たり前よ。わたしの内を流れる踊りの血がわたしの体を勝手に動かすのよ。」
 四六時中踊り続ける少女を周囲は「天才」だと期待した。
 
 ***

 だが少女もある程度の年齢になると、レディとしての教養と嗜みを仕込まれるようになり、これまでのように踊り戯れることが難しくなった。それでもかまわず部屋で踊っていると、母親から叱責をうけた。
 「ステップの音が屋敷中に響くわ!踊りはお稽古の時だけにしてちょうだい。あなたもいい加減レディとしての分別をもちなさい。」
 叱られたあと、部屋でひとりぽつねんと座っていると、心と体がすれ違うのを感じた。
 手繰られる糸に抗えば、それはやがて縺れ捻れ絡まってその首を締め上げてしまうことを少女は理解し、そして恐れていた。

 ***

 ある日舞踏会が開かれることになり、少女の家も招待された。
 諸侯が参集する華やかな催しのため、彼女もきらびやかなドレスを纏い、お気に入りの赤いくつをこの日はじめたおろした。
 ピカピカの鮮やかなくつを履いて少女はでかけた。

 ***

 楽団の演奏がはじまり、参加者がめいめい散って踊り始めた。
 少女も輪に入り、おもうままに踊った。
 その流麗なステップに周囲の貴族も見蕩れていた。
 だが、曲が終わりみなが踊りを終えても少女は相変わらずステップを踏むのをやめず、くつが床を打つ音だけが高らかに響いていた。
 周囲の人々が訝しんでいると、母親が慌てて駆けつけ少女に言った。
 「あなた何してるの!?もう踊りは終わったわ。やめなさい!」
 そんな母親の静止には一瞥もせず少女は応えた。
 「それがダメなのよ。わたしの体、全然止められないの。」
 ひたすら乱舞する娘を無理やりにでも押さえつけようと彼女を掴んだが、ものすごい力で振り払われてしまった。
 「一体どうしたって言うの!?」
 「わたしにもわからないのだけれども、踊りはじめたらこの足が止まらなくなってしまったの。」
 二人が会話をしている間も少女のくつは小気味よいステップを繰りだし続けていた。
 「そんなのまるで『あかいくつ』の話とそっくり同じじゃない!まさか新しく買ったそのくつが『あかいくつ』だったとでもいうの!?」
 「ああ!わたし、とまらないわ!踊らずにはいられない!足がどんどん先へ進んでゆくの。くつを脱ぐこともできないわ。」
 母親はすぐに娘のくつを脱がそうと飛びついたが、複雑に動き回る両足を捕らえることができない。
 「どなたか手をかして!」
 男たちが進み出て少女を押さえ込もうと飛びかかった。
 しかし少女は常人ならざる力で彼らを振りほどき、突き飛ばし、踏みつけて、するりとかわした。
 「なかなかうまくいきませんな。」
 「ぐずぐずしていてはご令嬢の身がもちませんぞ」
 「なにかよい方法はないか」
 周囲が思案する間も少女は踊り続けていた。
 彼女の柔らかく繊細な栗色の髪の毛も、汗ばんだ肌に張り付いてその輝きを失っていた。
 
 ***

 時間が経つにつれ少女は憔悴した様相に変わっていった。それでも、踊りの勢いだけは一向に弱まる気配はない。
 だが、このまま踊り続ければ少女の命も危ないであろう。
 「ご婦人。もうご令嬢の足を切り落とすほかないぞ」
 「なんとむごたらしい!どうかそれだけは……っ」
 「しかし、でなければこのまま疲れきって死んでしまう」
 母親はその場に泣き崩れた。
 すっかり静まり返ったダンスホールには、母親の嗚咽と少女の軽快なステップの音だけが響いていた。

 ***

 鈍色に光る斧を携えて、首切り処刑人がやってきた。
 そして少女の華奢な足首に狙いを定め、ひと振りで断ち切った。
 真っ赤なくつとその中に収まった足先は、リズムと切断のはずみで真っ赤なしぶきの尾を引きながら勢いよく転がっていき、やがてピタリと止まりそれきり微動だにしなかった。
 そして少女の足首もまた鮮血に染まった。少女はようやく赤いくつから開放された。
 だがそれでも、少女の踊りは終わらなかったのだ。
 
 ***

 少女は足を失った脚で立ち、なおも華麗に踊り続けた。
 ステップの度に傷口から吹き出す血潮は繊細な意匠を施された赤いダンスシューズのようにみえた。流麗な血のシルエットはピンと伸びたトウやヒールをおもわせた。
 ひたむきに踊るその姿はその場のだれよりも美しかった。
 「ああなんということか!最初から、くつに呪いなどかかっていなかったのだ。少女に流れる踊りの血こそが『あかいくつ』の正体だったのだ!」
 真実に気づいた周囲は戦慄した。
 少女は自身の足が断たれてしまっていることなどまったく意に介さず、いつまでも狂ったように踊った。
 もはや痛みも苦しみも超越した、ただ「踊りたい」というたったひとつの衝動とそれに伴う快感のみが彼女を満たしていた。

 ***

 「このくつなら、もう立ち止まることはないわ。」
 赤いくつこそ、少女のお気に入り。