ディスタンス
宇宙歴37564年、人類は光の速さで移動できる宇宙船を開発していた。1万年前に、すでに、光の速さの99.738%で飛ぶ宇宙船が開発され、今では、光の速さで飛べるようになって久しいが、光速を超える手立ては一向に、手がかりさえも見つからなかった。
1人の青年が、地球から、ちょうど1光年離れたところに浮かんでいるSSS(スペース・サービス・ステーション)で働いていた。彼は、勤勉実直な男で、故郷には1人暮らしている母親が居た。母子ともに、お互い寂しいこともあったが、幼稚園までしか出ていない彼にできる仕事は限られていた。1光年と比較的近く、給料もそこそこ良い仕事であったので、現在の職を選んだ。
彼の母は、その日、胸騒ぎを感じていた。道を歩けば、目の前を黒猫(ヤ〇トの宅〇便のトラック)が横切り、息子のために買った陶器の湯飲みや茶わんを割ってしまい、更に、木製のお椀や、シリコン製のタジン鍋や、ステンレス製の流し台まで、どこをどうすれば、壊れるのか聞きたいくらいのものも、立て続けに壊してしまった。それだけに留まらず、布団は裂け、ディジタルフォトフレームは火を噴き、彼の飼っていた犬は猫になってしまい、爪を切れば深爪をしてしまい、鼻毛を抜いただけで鼻血が止めどなく流れた。
そんなところへ1本の電話が静寂を打ち砕く。出たくない。出てはいけない。彼女の心がそう叫んでいたが、ふらふらと電話に近づき、受話器を取った。
それは、果たして、ひとり息子の訃報であった。お悔やみの言葉が、冷静に添えられた。
「あの子は、いつなくなったんですか?」
「ちょうど1年前の今日だそうです」
「どうして、すぐに、教えてくださらなかったんですか?」
「いや、通信も光の速さを超えられないので、私たちも、今、第1報を受け取ったところです」
何か分かったら、また、連絡を差し上げます。という言葉で、電話は切られた。彼女は力なく、その場にへたり込んだ。朝からの予兆の連続は、これだったのか。虫の知らせとは、こういうものなのだな。
しかし、そのとき、彼女は、1つの疑問を感じた。息子が死んだのが1年前なら、虫の知らせは、1年前にあったはずなのではないだろうか?
いかなるものも、光の速さを超えることはできない。