あなたのメイド
もちろん、灯火というのは、蛍光灯の明かりであり、臭いなんてものは存在しない。だが、民家の窓から漏れている光が、蛍光灯の明かりとは限らない。もしかすると、カップルや結婚した者同士が、お互いの気綱を確かめる時に、ほとばしるリビドーから発せられるピンクの光の余波が、灯火となっているかもしれないのだ。そう考えると、ありとあらゆる民家、ビルから漏れる光は、全てピンクの明かりかもしれないのだ。ということは、日本全国、皆が熱い夜を過ごしているのかもしれない。なんて、ハレンチな大国なんだ!この国は。いや、世界、全てがエロという見方もできる。これは、ちょっと飛躍した考えかもしれないが・・・。
そんな妄想にふけりながら、喫茶店の中で、椅子に座って、夜の風景を見ていた。別に、俺は雨が降りだしたため、喫茶店に入ったわけでもなく、傘がないから、出るのに困っているというわけではない。単に喫茶店が大好きだから入っただけだ。決して、傘を忘れて、喫茶店で雨宿りしているわけではない。そうこうしている内に、店員のウェイトレスが、俺の横にかがんでいた。
「ご主人様、ご注文はお決まりですか?」
「コーヒーを一つ。後、オムライスと、いつもの子で」
「かしこまりました。少々おまちください。ご主人様」
そう言って、ウェイトレスが立ち上がり、カウンターの中へと、戻っていた。
なお、ここで言うカウンターとは、奥のカウンターではなく、店内の中央にあるカウンターだ。カウンターの中には、ウェイトレスが数名おり、客に接待をしている。俺は窓際なので、ウェイトレスと客の話のやりとりが聞こえないが、ウェイトレスの考えていることはきっとこうだ。
「あー、やべ。超めんどくせぇ。早く帰れよブタ!このオスブタ!」
と言っているに違いない。いや、絶対そうだ。俺のところにも、早くウェイトレスを!と、危うく、心の叫びが口に出てしまいそうだったが、そんな失態は絶対に犯さない。それから、俺は、メイド喫茶に入りたかったわけじゃない。偶然、雨宿りをしたいがために、入ったのだ!さっきの説明と違う!とかそんなことは決してない。後、付け加えておくが、俺はメイドのルリちゃんに会うために、来たわけじゃない。断じてない!
「ご主人様、お待たせにゃ。オムライスとコーヒーにゃ」
そう言って、現れたのは、猫耳とピンクのエプロンを付けた、ルリちゃんだった。ルリちゃんは、いつものように俺の横にかがみ、テーブルに、コーヒーとオムライスを置いてくれた。だが、いつもと違う違和感があることに俺はすぐに気づいた。
「あれ、ケチャップないんですか?」
「魔法のケチャップは、今、品切れにゃ」
そういって、ルリちゃんは、天使の微笑みを見せてくれた。
「その代わり、今日は特別に~。私が、ご主人様にずっと!ずっと!ご奉仕をするにゃ」
おっといけない、妄想しすぎた。ルリちゃんはケチャップを塗り終え、一礼すると、カウンターへと戻っていった。俺は、急に切なくなった。どうして、もっと話してくれないのか・・・。なんで、指名しないと、出迎えてくれないのか。何がなんだか、わからない。とても、寂しい。これではまるで、俺が避けられてるみたいではないか。
「すみませ~ん。アイスも、ください。後、いつもの子で」
席を行き交うウェイトレスに俺は、もう一度、あの子を指名した。
「お待たせしましたにゃ、ご主人様」
そう言って、再び登場したルリちゃんは天使の微笑みをしてくれた。
ルリちゃんはアイスを置き終え、再びカウンターへと戻りかけた時だ。
「妖精さんが出たにゃ!」
「妖精・・・?」
ルリちゃんが指で示した地面の先には、黒く、うごめく物体が居た。
そして、ルリちゃんは、その妖精をドスンっと踏みつけた。
「妖精さん、消えちゃったにゃ」
という言葉を残して、店内へと戻っていった・・・。
それ以来、あの喫茶店に入ることは、もう無いが、ルリちゃんの天使の微笑みを今でも忘れたりはしない。
そして、俺はいつものように席を行き交うメイドさんにこう言った。
「すみません、メイドさん。いつもの子、お願いします」